佐助さんに勧められるままダイニングテーブルの椅子へと腰掛けると、目の前に政宗さん、その隣に幸村さんが座って、私の左隣に小十郎さんが座った。

ちゃん、紅茶は好き? なんならコーヒーもあるけど」
「へ。あ、はい。紅茶の方が好きです」
「よかったー。実は良い葉があるんだよね」

そう答えると、佐助さんは少し機嫌が良さそうにしてキッチンの方へと消えていった。
何気ない、細かな気遣いが凄いなあ、と思う。「紅茶飲める?」と聞かれれば少し子ども扱いをされたように感じるかもしれない。 けれど佐助さんはきっとそういうところもちゃんと気遣って、言葉を選んでくれたのだと思う。こんなにかっこよくて、優しい気遣いが出来るのだから、佐助さんは相当女性にモテるに違いない。
佐助さんに限らず、この家の人達は顔が整っている人ばかりだからきっとモテるんだろうな。(政宗さんなんて、連れている女の人が毎日違うとか言われていたし)
なんだかお茶が運ばれてくるのを待つのも嫌だったので、手伝おうかと思い席を立とうとしたら小十郎さんに声を掛けられて、もう一度腰を落ち着かせることとなった。

「此処へは一人で来たのか?」
「はい、一人でバスに乗って来ました」
「そうか。だがここら辺は入り組んでるから、来るのは大変だったろ」

小十郎さんも道中のことを気遣ってくれているようで、とても嬉しい。佐助さんとはまた違う優しさがあるなあ、と思いながらも答える。

「実はどのバスに乗ればいいかも分からなくて……色々な人に聞きながら来たんです、恥ずかしながら」
「……悪かったな、てっきり車か何かで来るかと思ってた。迎えに行けばよかったか」
「そんな、とんでもないです! これからお世話になる人に、迎えに来てもらうなんて」
「そんな遠慮はするな。お前がしっかりしていたから良かったものの、もし更に迷ったり怪しい奴に会ったらどうする気だ?」
「……それは、」

そんなこと、考えてもいなかった。迷ったらまた人に道を聞いていただろうけど、最近耳にする所謂“変質者”に会っていたら――多分、絶叫して逃げるのだろうけど。
でも心配させてしまったのは、申し訳ないと思う。俯きながらも謝ろうとしたら、頭にあたたかい重みが降ってきた。

「謝るんじゃねぇぞ? が悪いわけじゃない、ただ心配だっただけだ」
「……はい」

その言葉を聞いて、なんだかとても心があたたかくなった。頭を撫でてくれるその手のあたたかさは、初めてのはずなのにどこか懐かしく感じた。

殿はしっかり者でござるな! 某は最初、この辺りではよく迷っていたでござる……」
「今も時々やるよな? 幸村」
「なっ、そんなことないでござるよ!」
「jokeだよ、joke」

目の前で繰り広げられる会話は、どこか同級生の男子を思わせる。
佐助さんが言っていた『春休み中の2人』の学生とは、きっと政宗さんと幸村さんだろう。中学生――ということはないだろうな、特に政宗さんは。
それに小十郎さんの言葉も少し気になった。さっき政宗さんのことを『政宗様』とか呼んでたけど、一体どういう関係なのだろうか…気になることは多々あった。

「おまたせー。はい、どうぞ」

そこで佐助さんが、良い香りと共に紅茶と焼き菓子を持ってきてくれた。目の前に置かれた紅茶からはとても良い香りがする。
皆にお茶を配り終えると、佐助さんは私の右隣の椅子へと腰掛けた。
ありがとうございます、と一言お礼を言ってから私はその紅茶を口に含む。紅茶の苦味もあまりなく、程よい甘さが口の中に広がる。

「すごい、おいしいです……」
「本当? よかった、口にあったみたいで」
「うむ、美味いぞ佐助! このマドレーヌ!」
「はいはい。だから幸村、そんなに沢山食べないの! 夕飯食べれなくなるよ」
「…そ、そうか。ではこれで最後にするでござる」

佐助さんに注意されると、ゆっくりと味わうようにマドレーヌを食べる幸村さん。
それでもとても美味しそうに食べるものだから、見ているだけでこちらもお腹がいっぱいになってしまいそうだ。
目の前に座る政宗さんは上品に紅茶を飲んでいて、育ちがよいのだろうかと思わせる。ううん、きっとこの人は何をしても様になるのだろう。

「……そんなに見つめられると、俺も照れるんだがな?」
「!! ご、ごめんなさい……」
「ククッ、」

またからかわれた!と思うも、笑い方までやっぱりかっこよくて何も言えない。気を落ち着かせようと、私はもう一口美味しい紅茶を飲んだ。

「あのさちゃん、ちゃんはどこまで知ってるの? 俺達のこととか、再婚のこととか」

そこで急に本題であることに触れられ、少しだけ驚いた。けれど佐助さんがまるで私を安心させてくれるように微笑んでいて、すっと何か肩の力が抜けた気がした。持っていたティーカップを置いてから、私は口を開いた。

「お母さんから手紙が来て、お店で会った男の人と海外旅行中に再婚することになったと知りました。そしてその手紙に、再婚相手の方の子供と暮らすようにと……新婚旅行中、私を一人きりにするのが心配だからだそうです。あとは少し脅迫めいた口調で、春休みが終わる前に引っ越すようにと。メモにここの住所と電話番号が書かれていて、私はすぐ引越しの準備を始めて今日に至ります」
「じゃあ俺達のことは“再婚相手の子供”としか知らなかったのか」
「ええ、まあ。まさか男の人ばかりとは……しかも4人……」
「それも知らなかったでござるか?」
「……はい」

でもきっと、知ってても知らなくても、きっと私はこの家に来なければいけなかったのだろう。ただ、心の準備が出来るか出来ないかという違いだ、と思う。(その違いは大きいのだけど)

「この家は片倉さん家が買ってくれて、それに俺達が甘えて住まわせてもらってるんだ。で、その片倉さん家の遠縁の人とちゃんのお母さんが再婚したってわけ。だからこの中では一番小十郎との繋がりが濃くなるね」
「そうなんですか……」

再婚相手の人のことは何も知らなかったけれど、片倉さんの遠縁の人と分かって良かった。これで片倉さんとの関係は分かったけれど……他の人達は手紙にもあった『一緒に住んでいる人』達なのだろうか。片倉さんのお友達? いや、お友達というよりはなんだろう、仕事仲間とか……でも幸村さんとのことを考えると……

「ちなみに俺達は、皆遠い親戚だよ」
「え!?」

まるで考えていることが見透かされたかのように、佐助さんが疑問に思っていたことをさらりと答えた。それにしても、親戚って、つまり皆さん血が繋がっているということ?

「かなり複雑だけどな。俺の父親の従兄弟が佐助の母親の妹と夫婦だったり、まあそんなんばっかだ」
「俺と幸村は元々一緒に住んでたんだけど、政宗達が伊達家とは違う所で暮らすって聞いてお邪魔することにしたわけ」
「小十郎殿が誘ってくれたのだ」

……ええと、とにかくここにいる人達は全員親戚で、私もその中の一人になった――ということでいいのかな。なるほど、ここまでかっこいい人が揃ったのには、親族ならではのDNAや遺伝云々があるからか。(私にそれが受け継がれなかったのは何かの呪いだろうか)

「小十郎殿の家も政宗殿の家も、とてもお金持ちなのだぞ!」
「……へえ(それはこの家の豪華さを見ればよく分かります、幸村さん!)」

手紙にも書いてあったけれど、再婚相手の人はとてもお金持ちということを家を見て改めて実感した。それに新婚旅行が世界旅行だったり、家を買う約束をしたり、学費も払ってくれるなんて……この立派な家を買うのも、きっとたやすいことだったんだろう。 今まで貧乏生活を送っていた私にとってこれからの生活は色々なギャップにも悩まされそうだ、なんてことが脳裏を過る。

「ついでに言うと政宗の家はヤクザさん家で、政宗は次の当主になるらしいよ」
「へえ………えぇっ!?」
「んな驚くことじゃねぇだろ」
「驚きますってば! じゃ、じゃあ、小十郎さんが『政宗様』って呼んでいたのは……」
「小十郎の家は代々伊達家に仕える家系で、今は小十郎が俺の子守みてぇなもんで一緒に住んでる」
「子守などと……しかし、政宗様の身の回りの世話や護衛をすることも、私の仕事ですから」
「政宗殿は家出中らしいのだ」
「へ、へえ、家出……」
「俺はまだ当主になんざならねぇよ。それに、あの家にいつまでもいたら息が詰まる」

本当に、とても嫌そうにそう言う政宗さんを見て、きっと誰の目から見てもだろうけど、政宗さんが自分の家を嫌がっていることが分かる。そこまで嫌がるのも珍しいけれど、きっとヤクザさんの家にはヤクザさんの家で大変なんだろうなあ、なんて軽く考えていた。
あれ、ということはつまりその政宗さんのお付きの小十郎さんもヤクザさん、というわけで。――もしかして、再婚相手の人も実はそっちの人なんじゃ……?

「……安心しろ、お前の父親になる男は全く違う仕事をしてる。兄がいて、そいつが伊達家に仕えていた」
「!」
はなんでも顔に出るなぁ?」

私の心配事は、どうやら顔にはっきりと出ていたようだ。でもよかった、とりあえずお母さんがそういうことに巻き込まれる心配はないんだ。今案じるのは自分の身かもしれないけれど、それはもうあまり考えないようにしよう……。

「とまあ、俺達のことを説明するとこれくらいなんだけど……あと何か聞きたい事ある?」
「あ、いえ、今は特に……。きっとこれから、分かると思うので」
「そっか」

ただでさえ色々なことがあって少し混乱しているというのに、これ以上新しいことが分かるとなると頭がパンクしてしまう。
今はただ安心できる環境に住めると分かってよかった、と思うだけで精一杯。

「……あっ、ごめんなさい。すっかり忘れていました」
「ん?」

足元に置いてある自分の手荷物の中の紙袋が目に入り、その存在をすっかり忘れていたのを思い出す。折角大家さんが用意してくれたものを無駄にしてしまうところだった。

「これ、これからお世話になるので、」
「え、いいの!?」
「はい。と言っても、私じゃなくて大家さんが用意してくれたんです。大家さんからもよろしく、という意味を込めてのものだそうです」
「色々と悪いな」
「そんなことないですよ」
「うわー洗剤セットじゃん! これ助かるなーうち洗濯物多いし」

箱を受け取って中身を見た佐助さんは、とても喜んでいる。大家さんに用意してもらえてよかった、と思う。きっと私はお菓子の詰め合わせぐらいしか用意できなかっただろうし。(お菓子でも喜んでくれるんだろうけど、佐助さんや皆さんは)

「こんなに立派なもの貰っちゃったら、その大家さんにもお礼の電話しないとだね」
「私もお礼、したいです。アパートの荷物も大家さんに全て任せてしまっているので」
「荷物って……それだけじゃないの?」
「はい。家具とかは必要なら送ってもらえることになっています」
「! そういうことなら、ちゃんの部屋を案内するよ」
「へ、えっ!?」

いきなり手を引かれ、私は佐助さんにされるままにリビングを出た。残された人達が少しだけ呆れた顔をしていたとは分からず。
リビングを出てすぐのところにある階段を上り、また広い空間に出た。2階なのに、なんという広さ……! それだけ1階も広いということなのだろうけど。 けれどそんな感動する間もなく手を引かれていると、ある扉の前で佐助さんが止まった。

「ここがちゃんの部屋。どうぞ」

佐助さんが扉を開けて、私は手を引かれて部屋の中へと足を踏み入れる。
私にはもったいないくらいの広い部屋に、大きな窓やなんとベランダもある。机やクローゼット、ベッドまでありどれもみな色もデザインもシンプルなものに統一されている。
でもベッドやカーテンの色は桜の花のようなピンク色で、少しだけ女の子らしい雰囲気もある。机の上にはクマのぬいぐるみや花も置かれいて、シンプルすぎないようになっている。

「……とても、素敵な部屋です……」
「どんな色が好きか分かんなかったから、シンプルかつ少しピンクで女の子っぽくしてみたんだけど……気に入ってもらえてよかった」
「あの、でも私……こんな素敵な部屋貰ってもいいんですか? 凄くもったいない気がして、」
ちゃん」

申し訳ないです、と言おうとするとそれは佐助さんの声で遮られてしまう。
私はゆっくりと顔を上げて、佐助さんの方を見る。少しだけ腰を屈めて、目線の高さを同じにしてくれている。
真剣で、でも少しだけ優しく微笑んでいて、私は何も言えずに次の言葉をじっと待つ。

「これからはさ、そうやって遠慮したり自分のことを後回しに考えんの、やめない?」
「えっ……」
「今までずっと我慢してきた分、これからは我が侭言ってもいいんだよ。無理とかしないで、この家ではそのままのちゃんでいてよ」

一つずつ紡がれる言葉が、じんわりと心の中に伝わってきて。それと一緒に頭を撫でてくれるその手からも、佐助さんの優しさが伝わってくるようで。
思わず縋り付いてしまいたくなるくらいの、そんな手に甘んじてしまおうとする気持ちを必死に抑えて、口を開く。

「……なんで、ですか……」
「実はさ、ちゃんのお母さん――夢子さんと、少しだけ電話で話したことあるんだ。その時に『には今までずっと我慢させてきちゃったから、その分我が侭聞いてあげてください』って言われたよ。 しっかり者で優しいけど、苦労させてきたから変なところで我慢させちゃう子にしたって。だから俺……勿論皆、ちゃんの我が侭とかやりたいこと、なんでも聞くからさ。だからもう、そんな風に我慢しないでいいよ」

お母さんがまさかそんなことを言うなんて思えないけど、佐助さんが言うからきっと本当なんだろう。
苦労させたなんて、今まで大変だったのはお母さんなのに。お母さんの方がずっとずっと我慢してて、やっと再婚相手を見つけて、海外旅行に行けて。やっと自分のやりたいことが出来てよかったと思って、これからは私が一人で新しい環境で頑張るんだと思ってたのに。
なんでまだ私のこと、そんなにまで心配なんかしているの。

「……あ、れ? なん、で……」

いつの間にか私は泣いていた。目からはボロボロと涙が出てきて、いくら手で拭っても止まらない。
佐助さんの目の前でこんなに泣くなんて、恥ずかしいにも程がある!

「泣くのだって、我慢しなくていいんだよ。ここに来るのも不安とか緊張でいっぱいだったろうし」

自分でも分からないくらい不安で仕方なくて、今になってその緊張が解けてしまったというのだろうか。
佐助さんは屈むのをやめ、膝立ちになり私の顔を覗きこんでくるようにして、また頭を撫でてくれている。

「最初は不安でいっぱいだと思う。けど俺達はもう『家族』になれたんだから、すぐに楽しくて仕方ない毎日になると思うよ。皆、ちゃんのことが大好きだからさ」

まだ止まらない涙を拭っていると、その手を掴まれて代わりに佐助さんがそっと拭ってくれた。「あーあ、ちょっと赤くなっちゃった」なんて言いながら。

「なんで、大好き、なんて……まだ、会ってすぐなのに……」
「分かるよ。ちゃんが夢子さんの言った以上に、いい子で、優しくて、それにとっても可愛いから」

少し茶化したように言われ、少しポカンとした後おかしくて笑ってしまった。

「ふ、ふふっ……褒めすぎです、佐助さん」
「えー? 本当のこと言っただけなんだけど?」

本気が伝わらないなんて切ないなーなんて、また冗談を言って。それに私はまた笑ってしまう。

「Hey,佐助。女泣かしてんじゃねぇよ」
「! 政宗、さん……」
「悪いな、どうしても気になってな」

声のした階段の方を振り向くと、小十郎さんと政宗さん、それに幸村さんがいた。
どうやら今までのことを全て見られていたみたいで、また少しだけ恥ずかしくなる。

「っ、某は殿が来てくれて、本当に嬉しいぞ! ずっと、下の兄妹が欲しかったのだ!」
「それはちょっと意味が違うでしょ……」
「いえ、いいんです。私も、ずっとお兄ちゃんが欲しかったんです」

言葉の通りにとても嬉しそうにして言う幸村さんに、私は嘘でも気遣いでもない本当の気持ちを伝える。その言葉を聞いて、嬉しくて、とても嬉しくて、私も笑顔を返すと幸村さんは少し顔を赤らめて、どこか恥ずかしそうだった。

「……私、大家さんにお礼と家具はいらないって電話しないと。とても素敵な部屋を用意してもらえましたって。あと、新しい『家族』の皆は、優しい人ばかりだって」

皆に向けて言うと、誰もが優しい笑顔で答えてくれる。そして私も、感謝とこれからもよろしくという気持ちを込めて、今日一番の笑顔を向けた。



「泣き顔をいいけど、笑った方がcuteだぜ?」
「!!」

階段を下りる時、耳元で政宗さんに囁かれ思わず耳をふさいだ。顔が赤くなるのを感じ、政宗さんの方を見るとばっちりと目があった。悪戯に成功した時のようなキラキラした目と。

「(またからかわれた……!)」

やっぱりまだ、この個性の強い彼らに慣れるには時間がかかるかもしれないけれど。これからの生活が楽しくなることは、間違いないことだと思った。



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