リビングへと戻ると、幸村さんが「腹が減った……」と呟いた。窓を見ると、外はもうとっぷりと日が暮れてしまっている。此処に来てから、いつの間にか時間が経ち夕時になっていたようだ。 「よっし、じゃあ夕食作るとしますか」 「今日は何だ、佐助っ!」 エプロンをつける佐助さんに、幸村さんが嬉々とした目でそう聞いた。まるで親子のようで、それがとても微笑ましい。 「ちゃんの歓迎会も兼ねて、豪華にいくよ」 「! そんな、いいですよ、歓迎会なんて」 「はい、そういう遠慮もいらない。ちゃんは何か好きな食べ物ある?」 有無を言わさぬような笑顔で聞いてくる佐助さんに思わずたじろいでしまう。何か言わないと、何かとてつもなく豪勢な食事を作りだしそうな、そんな予感がして私は必死に考える。好きな食べ物、といっても特に好き嫌いがないから咄嗟に思いつかないのだ。 「佐助! 某はハンバーグがよい!」 「幸村の好きな食べ物は聞いてないから!」 「……佐助さん、私ハンバーグが好きです。ハンバーグお願いしても、いいですか?」 「え、」 「殿……」 佐助さんは少し驚いたようだけど、すぐに笑顔になって「すぐ作るから待っててね」と言ってキッチンの方へと向かった。 「殿もハンバーグが好きでござるか!?」 「へ、あ、はい。美味しいですよね、ハンバーグ」 「そうであろう! 政宗殿は『ガキ臭い』などと言って鼻で笑うのだが……殿もハンバーグが好きでよかった!」 とてもキラキラとした表情で聞いてくるものだから、ほとんど条件反射で答えてしまった。勿論、ハンバーグはどちらかと言えば好きな食べ物の部類に入る。 それにしても、政宗さんが鼻で笑いながらそう言う姿が容易に想像出来てしまうのはなんでだろう。 「某は上に目玉焼きやチーズがのっているのも好きだ! だが佐助の作るハンバーグは、どこで食べるものよりも美味なのだぞ!」 「佐助さん、とても料理上手なんですね」 「うむ! 佐助は何でも出来て凄いのだ!」 幸村さんはまるで自分のことのように言うと、そのままソファに座っている政宗さんの方へと向かい、いきなり飛び込んだ。 「んだよ幸村!」「政宗殿ー! 今日の夕飯はハンバーグでござるぅぅぅぅ!」「それがなんだっつうんだよ! 離れろ!」 なんだか騒がしいけれど、きっとあの2人にとってはただじゃれあっているだけなんだろうなあ。そうすると私は美味しいハンバーグを作っているであろう、佐助さんのお手伝いをしようとした。 「」 「小十郎さん?」 「手伝いはいいから、座ってろ」 キッチンへと向かおうとしたところを、後ろから現れた小十郎さんに止められてしまった。これで止められたのは、今日でもう2回目になる。でもどうして手伝うことが分かったんだろうか、やっぱり私って分かりやすい、のかな。 「……幸村の好みに合わせて言ったんだろ?」 「え?」 「ハンバーグ」 「ああ。……私、本当にハンバーグ好きなんですよ。だからちょっと、我が侭を言ってしまいました」 そう言うと、小十郎さんはほんの少しだけ、けれどとても柔らかい笑みを浮かべながら私の頭を撫でた。なんだか小十郎さんにはよく頭を撫でられるなあ、なんて思いながら何故撫でられているかも分からず、けれど嬉しくてついそれを甘んじて受けていた。 「どのー!! 聞いてくだされ、政宗殿がまた『ガキ臭い』などと言ってきたのだ!」 「高校生にもなって好物がハンバーグなんざ言ってる奴はガキだろ」 そこに突然、政宗さんの方へと行ったはずの幸村さんが飛び込んできて、しかも横から抱きついてきた。加えて大きな声を出しながらも、ちょうど首の辺りを絞めてくるものだから苦しいのだ。 「殿もハンバーグが好きなのだぞ!? それは某と殿に失礼であろう!」 「は別だ、寧ろcuteじゃねぇか」 「その差はなんなのだ! 不公平でござるー!」 2人の口論がヒートアップしていくにつれ、首を絞める力もますます強くなっている。私はついに我慢できなくなり、幸村さんの手を軽く叩いて離してくれるよう訴えた。 「ゆ、ゆきむらさん、」 「おい幸村、を離してやれ、苦しそうだ。政宗様も少し落ち着いてください」 助け舟を出してくれたのは小十郎さんだった。 幸村さんも言われてから初めて気づいたらしく、慌てて手を離してくれてからは「申し訳ない!!」と土下座でもするんじゃないかってくらいの勢いで謝ってくれた。 手を離してくれただけでいいのに――なんだか幸村さんは本当に口調だけでなく、心根も昔の人みたいだ。 政宗さんもお付きの小十郎さんに言われたのが効いたのか、幸村さんにもう何も言うことはなかった。 「ほらみんな座って! ご飯出来たから」 「!! 政宗殿、早く座るでござる!」 「んな急がなくたって飯は逃げやしねぇだろ」 佐助さんがサラダボウルを手にしてキッチンから出てきて、夕食の始まりを告げた。 余程ハンバーグを食べられるのが嬉しいのか、幸村さんがいのいちばんに席に着き、それに付き合わされた政宗さんが隣に座る。言い争いはするものの、この2人は実はとても仲が良いんだなあと思いながら、私もハンバーグの良い香りにつられるようにして席に着いた。 「今日はちゃん……と、幸村のリクエストでハンバーグにしてみましたー。ちなみに今日はチーズのせ」 テーブルに並べられたハンバーグはどれも美味しそうに湯気がたち、その上にのっているチーズも程よく溶けていて、見ているだけでもお腹が空腹をうったえてきそうだ。 幸村さんは今か今かと食べるのを待っていて、キラキラと瞳を輝かせながらじっと目の前の御馳走を見つめている。 「えー、それでは、新しい家族のちゃんを歓迎して」 「へ、」 「いただきまーす!」 佐助さんは本当に私の歓迎会と称してこのハンバーグを作ってくれたらしい。ちらっと佐助さんの方を見ると、視線に気づいて笑顔を返してくれた。 そんな優しいおもてなしに感謝しながら、私もとても美味しそうなハンバーグを一口食べた。やっぱりとても美味しかった。 ◇ 幸村さんが2杯、政宗さんが1杯おかわりをして、夕食は一通り終わった。満腹になった2人は再びソファに座り、今はテレビを見ている。ゴールデンタイムにやっているバラエティ番組は、毎週欠かさず見ているものらしい。 私は自分の空になったお皿とご飯茶碗をもって、片付けをしている佐助さんがいるキッチンへと入る。 「あ、ありがとー」 「ハンバーグとっても美味しかったです。ご馳走様でした」 「ほんと? そりゃよかった」 「今度、作り方教えてくださいね」 「そりゃあもちろん、手とり足とり教えちゃうよ」 冗談ぽく言われ、私はちょっと笑った。 「お皿貸して、洗っちゃうからさ」 手にしているお皿とご飯茶碗に気づいて、佐助さんは泡のついた手を差し出してきた。そこで私は少し間を置くと、お皿を佐助さんに差し出してから腕まくりをする。 お皿を洗っている佐助さんの横に並び、蛇口を捻って水を出すとシンクに置いてある泡のついたお皿を濯ぐ。多分置いてあるものはもう佐助さんが洗ったものだろうから、濯いでも大丈夫だと思う。 すると私がやろうとしてることに気づき、佐助さんは少し慌てた様子で蛇口を閉めた。 「え、いいって片付けなんて。それより政宗と幸村とテレビでも見てたら? 面白いらしいし」 「食器を濯ぐことくらい出来ますよ? もちろん、割らないように注意はします」 「いや……そういう意味じゃなくてね、」 私は再び蛇口を捻り水を出し、濯ぐのを始めた。佐助さんはどうも私を手伝わせたくないようだけれど、後片付けくらいさせてもらわないとなんだか居心地が悪い感じがするのだ。いくら家族になったからとは言え、それが手伝いをしない理由にはならないと思うし。 「お手伝い、どうしてもしたいんです。微力ながら、ですけど」 「でも、」 「佐助さん?」 あの時の、好きな物は何かと聞いてきた佐助さんのように、私も笑顔で言った。そうすると今度は佐助さんが困惑した様子で少したじろいだ。 「諦めろ、佐助。そいつは中々頑固だぞ」 「小十郎……」 「そうだろ? 」 そう進言してくれたのは、私と同じく空のお皿を持ってきてくれた小十郎さんだった。 「……はい! 私、お手伝いさせてくれるまで、此処を動きませんから」 「え〜、それは困ったな……」 流石に小十郎さんにも言われたからか、大変に迷っているようだ。 私のことを気遣ってくれるのは嬉しい、本当にうれしいけれど、私にも出来ることがあるのなら出来得る限りのお手伝いはしたいのだ。私はじっと佐助さんの返事を待った。 「……んー、本当は一人でやるつもりだったんだけど……手伝ってくれるの、実はすっごい助かる。いろいろ言っておいてなんだけど、お願いできる?」 「はい、もちろんです!」 「ありがと、ちゃん」 あ、まただ。小十郎さんと同じ、とてもあったかい、優しい笑顔。なんでだろう、とても懐かしくて、心がほんのりあたたかくなるような。不思議な気持ちになる笑顔。 その時「じゃあ終わったやつお願いね」と言われはっ、とした。少しぼうっとしてしまったようで、私は気を取り直して食器を濯ぎ始めた。とてもじゃないけど、優しい笑顔を向けられてぼうっとしてたなんて、佐助さんには言えない。そのため私は絶対にばれないようにと、必死にお皿を濯ぎ続けた。 時折、他愛のない話もしながら、なんとか佐助さんにはばれずに洗い物は終了した。幾分か終わるのが早く感じられ、やっぱり2人でやれば効率よく家事もこなせるんだと分かった。 「ちゃん、ありがと。本当に助かったよ」 「いえ、ちゃんと役立てたようでよかったです。これからもお手伝いしますからね!」 「そりゃあ、頼もしいかぎりだね」 手を洗ってキッチンを出ると、幸村さんたちがいるソファに腰掛ける。小十郎さんもいるけれど、テレビではなくなんだか難しそうな本を読んでいる。 「ちゃんは春休みいつまで?」 「日曜日までです。それで月曜日からが新学期で」 「俺達と一緒だな」 テレビを見ながら政宗さんが答えた。見ながらもこちらの会話に参加するとは、器用な人だ。 「……あのさ、ちゃん」 「なんですか?佐助さん」 「それ。それやめようよ、敬語とさんづけ」 「えっ」 いきなり指摘され、少し驚いた。まさかこのタイミングで言われるとは思ってもなかったのだ。 「そうだな、もう家族なんだし敬語はおかしいな」 「で、でも、」 「……ちゃんにとって、俺たちって家族じゃないの?それって俺様超悲しー」 笑いながら言われても全く説得力ないです、佐助さん! 実際、さんづけと敬語には自分でも違和感を感じていた。けれど、いざ言うとなるとやっぱり少し抵抗があるのだ。今までさんづけと敬語でとおしてきたし……。 「呼び方はそうだなー……俺は“さす兄”とかどう?」 「自分で言うなよ気持ち悪ぃな」 「鳥肌ものでござる」 「はい、そこちょっと黙って!」 「さす兄……さす兄……」 また冗談で言ったのかもしれないけれど、何度か口にしてみると案外呼びやすい。これならば兄は兄でも、誰のことを呼んでいるのかすぐに分かるし。 「えっと……さす兄」 「!!」 試しに読んでみると、とても驚いた様子でこちらを振り返る佐助さん。のちに小さく震えたかと思っていたら、いきなり抱きつかれた!ちょ、ちょっと!? 「かわいいっ!! すっげーかわいい!」 「ちょっ……!?」 「Hey,佐助! を離しやがれ!」 「嫌がってるでござる!」 「幸村、お前もやってただろう」 小十郎さん、適切なツッコミありがとうございます。 ……じゃなくて、とにかく私はこんなかっこいい人に抱きつかれるなんてことに耐性がないから、もう緊張で心臓がとても煩いのだ!幸村さんの時は首を絞められて苦しくそれどころじゃなかったけど、今は本当に抱きしめられている形で、言ってしまえば佐助さんの体温すら直に感じられてしまうくらいの密着度だったりする。 これ以上は耐えられないと思い、ぐいぐいと佐助さんの体を押すと、少し残念そうな顔をしながらだけど身体を離してくれた。 「、俺のことも呼んでみろよ」 「……まさ兄?」 「…………」 さす兄、といけば政宗さんはまさ兄になるだろう、と勝手に考えて言われたとおりに呼んでみると政宗さんは少し固まった。……何か駄目だっただろうか? 「っ、殿! 某は、某は!?」 「ゆき兄、ですね。小十郎さんも……こじゅ兄、でもいいですか?」 「……ああ、構わない」 そんなに慌てるようなことではないのに、幸村さんは身を乗り出しながら聞いてきた。それに答えると、政宗さんと同じように少し固まる。 ただ小十郎さんは平常どおりで、やっぱりこの反応が一番普通だろうと思った。 「いや〜、予想以上にいいもんだね妹って!」 「、これからはそう呼べ! you see?」 「あ、あいしー……?」 「某は、今、初めて兄になったことを実感したでござる……!」 なんだかよく分からないけど、それぞれの呼び方はみんな気に入ってくれたようだ。 まだ呼び慣れない面はあるものの、きっとこの中にいればそれが当たり前になれる、そんな気がする。あったかい、この場所なら。 ← TOP → |