いったい、何が起こったっていうの? お母さんが勝手に再婚を決めて、勝手に娘が新しく住む所も決めるってどうなの?しかもそんなに大事なことを知らせるのが国際電話とかではなく、何故時間のかかるエアメールなの? 今までお母さんには振り回されてきたけれど、その時は直接文句が言えたし、それなりに自分でも上手くやり過ごせてきたと思う。 けれど今回ばかりは無理だ。なんたって母は遠く海を越えた地へといるのだから。 手紙を出せば時間がかかるし、電話番号なんて書いてないから分からない。文句すら言うことの出来ないこの状況で、私にどうしろというの! 「ちょっと、今声が……」 「何かあったのかしら」 「!!」 混乱している私の耳にヒソヒソ声が入ってきた。静かな住宅街の中で大声を出したことを思い出し、私はまた慌ててアパートの階段を慌てて駆け上り、急いで家の中へと入った。 あのままあの場所にいれば、きっと不審者か何かと勘違いされていたかもしれない。(これも全てお母さんのせいだ!) どうして私がこんな思いをしないといけないんだろう……。思い切り恨みの念を込めてエアメールを睨みつけたけど、当然何かが変わることはない。 「まったく、どうしてこう突然なのよ……」 畳の上に腰を落ち着かせると、もう一度手紙を読み返す。もう一度読んでみても内容は同じで、メモにある家に引っ越さなければいけない、ということだ。 メモの最後の方に太字で「春休みが終わるまでに引越しを完了しておくこと!」なんて念を押しているところを見ても、母の本気さが伺えた。どうやら新学期からは新しい家で過ごさなくてはいけないらしい。 春休みが終わるまであと1週間、それまでに私がやらなくちゃいけないことは―― 「……大家さんのところ、行ってこよう」 アパートの引き払いや引越しについて相談をすべく、大家さんのところへと早急に向かうことだった。 ◇ 突然の訪問にも関わらず、大家さんは私の相談を親身になって聞いてくれた。 母からのエアメールを見せて、大まかな事情を説明すると「大変ねぇ」と少しの同情を含んでいるような、気遣いの言葉をかけてもらった。(本当にもう、大変です) 普段の母のことをよく知る大家さんだからこそ、このふざけた手紙に書かれたことが事実であり、彼女が本気であるということも分かってもらえた。 春休みが終わるまでに引っ越さなければいけない、ということについても「早く向こうの家に馴染んだ方がいいから、すぐにでも引っ越しの準備をしましょうね」と言ってくれ、アパートの引き払いや引っ越しのことも大家さんが手伝ってくれることになった。 なんと言ってお礼をすればいいか分からないくらい、大家さんには感謝している。きっとこれも、母に振り回されている私を知ってのことだろう。 「家具も処分してもいいみたいだけど……どうする? 持っていく?」 「あ、いえ、母の荷物も殆どありませんし、家具も多分必要ないと思います。あまり大荷物で行くのも、あちらに迷惑でしょうし……」 「そうねぇ。あ、じゃあこうしましょう。あちらの家で家具が必要かどうか分かったら連絡ちょうだい。そしたら送ってあげるから。いらなければこっちで処分しちゃうわ、それまではこのままとっておく……どうかしら?」 「いいんですか? それじゃあ大家さんに凄い迷惑が」 「全然構わないわよぉ。これも何かの縁でしょうし、お手伝いさせてちょうだい」 「お、大家さん……っ!」 「そうと決まれば早く荷造りしちゃいなさいね。ほら、うちにもダンボールあるから、ガムテープと一緒に持って行きなさい」 こんなにも優しい大家さんに恵まれ、私はなんて幸せ者なんだろうか。 このアパートに決めた母の運へ、今初めて感謝したかもしれない。それくらい、嬉しかったし助かった。 全ての段取りが決まり、来週中に引越しが出来ることになって私は家へと帰った。 家の中に入った時、もうこの家ともお別れか…なんて考えると少し寂しくなってしまった。小さい時から過ごしてきたこの家を離れ、新しい家で新しい家族と一緒に生活するのだ。 とても不安で仕方ないけれど、私は心のどこかでほんの少し、ほんの少しだけ楽しみにしているのを感じた。 明日からの荷造りに備えて、私はいつもよりも早い時間に布団に入った。なんだか一人で寝ているのも、今日はとても寂しく感じた。 ← TOP → |