誤解が誤解を招いたまま、とりあえず私が記憶喪失だと納得はしてもらえた朝から数日。あれから私はずっと、この薬品臭い保健室という名の監獄に閉じ込められていた。 監獄、は少し言いすぎかもしれないけど、それくらい自由が奪われていたということ。私が記憶喪失だと勘違いされているのもあるだろう、でも恐らく閉じ込められた一番の原因は怪我だった。 考えるに私が来る直前に「」さんが挫いたものを、そのままもらってしまったんだろう。それをわざわざ手当てしてもらったわけだけど、伊作――どうやら一番やっかいな保健委員長――は、私が大丈夫だと言うにも関わらず部屋での安静を言い渡してきた。何もしないでただ寝てるのはいいけど、流石にそれが何日も続くようでは参ってしまう。なにより暇。 いくらもう大丈夫だ、と伊作に言っても彼は断固として保健室での安静を主張した。一見優しそうな雰囲気な彼だったけど、こういう一面も持ってるのかとその時は意外性を感じると共に少し引き気味だった。 一人になる時間もあり、その時になら外に出ることも出来るかもなんて思うこともあった。でももし今の私の状態を知らない人に会ってしまった時に困るし、何より後が怖いから行動に移すことはなかった。それに時々や、留三郎や小平太あたりがよく話し相手兼お見舞いに来てくれたから、窮屈で堪らないというわけでもなかったかもしれない。 とにかく私の身体にすっかりと薬品臭が染みついた頃、ようやく足の包帯も取れて完全復帰となる今に至るわけだ。 「うわあ、薬くさっ」 「……会って第一声がそれ?」 今日はみんなで学園を案内する、と言われた日。昼頃に迎えに来たが部屋に入るなり言ったのがそれだった。 私だって好きで薬くさくなったわけじゃないっていうのに。 「ごめんごめん。つい正直な感想が」 「それもそれで失礼だと思うけどなあ」 「そう言う伊作が一番臭い!」 「ひ、ひどい」 鼻をつまみながら言っても説得力の無い言葉を聞き流し、私は数日間お世話になった布団を畳み隅に置いた。もう絶対此処には泊まるものかと思いながら。 「もう、早くお昼行こう! こんな所ずっといるもんじゃない」 「昼ごはん?」 「そう。まず食堂を案内するから、ついてきてね」 「うん」 そう言って私の手を握ると、はすたすたと足早に保健室から出た。 「あ、置いていかないでよ〜!」 少し遅れて情けない伊作の声が後ろから聞こえたけど、は歩く速度を一向に緩めることなく廊下を真っ直ぐに歩いて行く。伊作を置いて行くのはいいけど、こんなに早いんじゃ道を覚えたくても覚えられない。まあでも、迷ったら迷ったで誰かに聞けばいいし、覚えるまでは誰かと行けばいっか。 それではいつまで経っても道を覚えることなどない、寧ろ覚える気などないと分かっていながら、とにかく私は短い足を必死に動かしてに着いて行くのに精一杯で、道どころか周りを見ることなく食堂へと進んでいった。 「善法寺といたら私まで薬臭く……わっ」 「うわあっ!」 「ぶっ」 曲がり角にさしかかった辺り、ちょうどが口を開き始めた時。突然が足を止め、その反動で私は彼女の頭に正面衝突した。地味に痛いじゃないか、と心の内で文句を言いながら肩越しに前を覗く。そこには急停止した原因と見られる、水色を纏う小さな子どもたちが転んでいた。 「いたた……ごめんなさ〜い」 「こっちこそごめんなさいね。乱太郎、立てる?」 「はい、大丈夫です! 先輩、こんにちは」 「はいこんにちは」 転んだにも関わらず笑顔で返すことにすごいなあ、と思いながら男の子を見ているとバチッと目が合ってしまう。あ、やばい、と本能が告げたので急いで目を逸らそうと「あーっ! 先輩!!」したけど遅かった。 「先輩、こんにちは!」 「こ、……こんにちは?」 「(なんで疑問形なのよ)」 「足の怪我はもう大丈夫なんですか?」 「あー、うん、もう大丈夫。ありがとう」 「えへへ、良かったです!」 すんなりと会話が進んでいるように見えても、こちらは内心冷や汗ものだ。いくらがいると言っても、下手なこと言って記憶喪失ってことが、しかもこの場でばれるっていうのは避けたい。 「……えっと、なんで足のこと知ってるの?」 「それは私も保健委員だからです! でも善法寺先輩が保健室に入っちゃ駄目って言うから……ずっと気になってたんです」 「ああ、そういうこと」 「ねえちょっと、待ってって……はあ。あれっ、乱太郎じゃないか」 「あっ、善法寺先輩こんにちはー!」 「チッ。追いついたか」 「ちょっと、その舌打ちはどういう意味!? 乱太郎、こんにちは」 さっき置いてきた伊作がようやく追い付き、乱れている息を整えてから男の子に挨拶を返す。さっきも呼んでいたけど、この子は乱太郎君と言うらしい。……乱太郎、ねえ。 「いけない、きり丸としんべヱを待たせてるんだった。それじゃあ先輩方、失礼しまーす!」 「うん。また委員会でね」 「はーい! あ、先輩」 「?」 私たちの横を通り過ぎようとしてから、乱太郎くんは急に立ち止まりこちらに振り向いた。そのまま私の傍まで来ると、変わらぬ笑顔のままで口を開く。 「私は一年は組、猪名寺乱太郎です。乱太郎って呼んでくださいね、先輩!」 「……え」 「今度はきり丸と、しんべヱと……あと、は組のみんなも一緒に来ますから」 「う、うん……」 「それじゃあまた!」 そう言って、今度こそ彼はどこかへ走って行ってしまった。わざわざ丁寧な自己紹介をしてから、なんて。 「私と乱太郎……って、初対面じゃないよね」 「まあね。は乱太郎っていうより、1年は組といっぱい遊んでたし。初対面なわけないって」 「じゃ、じゃあなんで自己紹介……」 まさかあんな小さな子まで、私の今の状態を知ってるわけ? そう意味を込めてに問えば「それはさ、」と私の肩に手を置きながら口を開いた。 「あんたのこと、多分もう忍術学園のほとんどの人が知ってるから」 「……まさか」 「そのまさか。当たり前よ、これからこの学園で生活してくのに、多かれ少なかれ会う人全員を誤魔化すなんて到底無理。それに説明すんのも面倒でしょ」 「たしかにそれは一理ある」 そこだけ納得すんな、とに軽く小突かれる。 だってそうだろう。誰かに会うたびにあんな長々と説明するのには手間も時間もかかり、何より私が面倒くさいし。 「それでが保健室にいる間、僕たちが先生に話して、先生たちの方からみんなに上手く説明してくれるようお願いしたんだ」 「……そうなんだ」 「最初はとよく話す子だけにしよう、って思ったけど無理ね。もー、あんたってばくのたまはおろか忍たまたちとも交流が盛んなんだから!」 けらけらと笑いながら、は先に歩いていく。それは更に迷惑かけたって暗に言ってるんだろうか。 「、。別にみんなと仲良かったのを責めてるわけじゃないから」 「はっ? ……え」 肩から覗きこまれるように囁かれ、思わず身を竦めてしまう。とっさに距離をとれば、それも見られて伊作は苦笑いを浮かべた。 「寧ろそれは誇るべきことなんだから、ね?」 「う、うん」 「よし、じゃあ行こう。みんな待ってる」 だいぶ小さくなったの背を追いながら、伊作は私の手を掴んだ。ゆっくりと引かれるのに合わせて歩けば、さっきとはちがい周りがずっとよく見える。 なんで考えてること分かったんだろ、交流が盛んだったのは「私」じゃないのに。口にしたいことはあるけれど、今は少しでも道を覚えようと意識を外に向けた。 あたたかくてすこし、やさしい |