「嘘でしょ!」と言われたのがどうしてかずっと耳に残って離れない。今までとは全然違う気迫でせまってきた彼女に、私は「ごめん」と謝罪しかできなかった。 突然責められるように言われても、私が誰のことも知らないというのは本当。外見は例えあの怪しい女であろうと、中身は現代で平々凡々に生きてきた私なんだから。 暴れ出したのを男たちが必死に引きとめていると、また新たな人物が部屋に入ってきた。言葉の二三交わすと、またも見知らぬ人と二人きりになってしまった。他のとはまた違う色の服を着た人は、私の前に座ると気遣わしげに口を開く。 「さん、私のことも分かりませんか?」 「……ごめんなさい」 「いえ、いいんです。私は新野洋一といいます。ここの保健室の責任者で、校医をしています」 彼女たちに向けたのと同じように、簡素な言葉で済ませてしまう。 自分に非はないのに一方的に責められるのはいい気分ではない。返事もだんだんと力ないものになってしまうけど、そんなことを特に気にかけることなく校医――新野さんは自己紹介をした。あの人達と比べるととても落ち着いている物腰は、自然と私を安心させる。 「校医……先生ですか」 「はい。なのであなたがどれくらい覚えているか確認するため、いくつか質問させてください」 最後が疑問形でなくなっている辺り、この人も必死なんだろうかとふと思う。でも聞かれて困るようなことはないのだからまあいいか、と素直に頷いた。 「ではあなたの名前を教えてください」 「」 「ここがどこだか分りますか?」 「……保健室」 「ええ、そうです。それでは、忍術学園という名前に聞き覚えは?」 「いえまったく」 「……そうですか」 最後の質問に答えると、新野先生は溜め息をついて言った。明らかに期待していた答えではなかったことに落胆しているのかもしれない。でも期待させるために嘘をつくほど、私はいい人間じゃない。 「分かりました、ありがとうございます。さん、ご自分では分からないでしょうが、あなたは忍術学園のくのたま6年生なんですよ」 「……はあ」 「実感が湧かないのは無理ないでしょうが、それだけは覚えていてください。他のことはきっと、外で待っているあなたの友だちが教えてくれます」 口元に少しぎこちない笑みを浮かべながら、先生は腰を上げる。質問はもう終わりのようだ。障子を開けて外に出れば、先程からずっと動かないいくつかの影に混ざり何やら話している。 今までのこと聞けば、私はどうやら記憶喪失として彼らに認識されたらしい。別に私が家族のことや友人のことを忘れたわけではない。が、彼らにとっての「」と私は別人だ。当然、私が彼らを知るわけもない。それが中身が違う、ではなく記憶喪失と認識されるのは普通っちゃ普通だろう。 まあ中身が違うとかそんなありえないこと、言ったって信じてもらえるわけないだろうし、大人しく記憶喪失ということにしておこう。誤解を解くには時間がかかる、それは勘違いされがちな性格の私が経験上から分かることだ。 「――、入ってもいいかな」 戸の向こうから、男の声がした。先生が出てから少し時間があったから、向こうも事態を把握するのが大変なのかもしれないと推測出来る。 とにかく部屋に入ってくることについては何の問題もない、私は外に向かって「どうぞ」と言った。そうすればスッと障子が開き、傷の手当てをしてくれた男が一番に姿を見せた。 もう完全に太陽が昇っているようで、その日差しが男の後ろにかかり逆光で表情が見えにくい。でも男はすぐに腰を落ち着かせたので、その表情もよく伺えた。悲しそうに笑う男だ、そう思った。 「……僕は、善法寺伊作。忍たまの6年生で、保健委員長なんだ。伊作って呼んで」 男はおもむろに口を開くなり、自らの名前と所属を明らかにする。これは所謂、自己紹介というやつか。 私が何も覚えていない――本当は初対面だから名前を知らないのが当たり前なんだけど――から、気を取り直しこういう態度に出たと思われる。普通は相手から名乗り出たら自分も名乗るべきだけど、生憎と彼らは私以上に「」を知っているから、無用だろう。 「そう。伊作、手当てしてくれてありがとう」 「いいよお礼なんて。それよりほら、みんなも何やってんの!」 沈みきった雰囲気を壊すように、伊作はまだ中に入らない他の男らにも声をかける。それにつられて男たちと、最後にあの女が中に入ってきてその場に座った。 「俺は、食満留三郎。留三郎でいい」 「留三郎」 「おう」 「さっきは色々とありがとう。運んでくれて」 「いや、いいって」 気さくに笑うのは、森の中で一番最初に会った男――留三郎だった。伊作とは違ってどこかふっきれたような笑顔は、好感が持てた。 そしてそれに続くように、順々に簡単な自己紹介がされていく。誰もがみな、名前を呼び捨てにするようにと言うから、私はそれに甘えて早速名前で呼ぶことにする。伊作、留三郎、仙蔵、文次郎、小平太、長次。みなが忍たま6年生で、そういえば私もくのたま6年生なんだとか先生が言ってたなと思い出す。だから交流が深かったんだろう、とも思う。 しかしそれにしても簡単な自己紹介なだけに、顔と名前を一致させて覚えるのは少し困難を極めた。そういうのを覚えるのが苦手な脳味噌を精一杯働かせながら、さっきまで教えてもらっていた名前を心の中で呟きながら全員の顔を見渡す。と、男らの影に隠れている桃色が目にとまった。そういえば、一人だけまだ自己紹介を聞いていなかった。 「……名前を教えてくれない?」 桃色の方に向かって言うと、それは一瞬身を動かしたように見えた。陽が当たっているはずだと言うのに、中々にその顔は見えない。 一番近くにいる文次郎が後ろを向き、桃色に向かい「おい、早くしろ」と急かす声が聞こえた。 すると少しすると桃色の服を着た女が立ち上がり、男らの前に出て先程まで先生がいた辺り、私の一番近くに座った。でも中々喋らないところを見て、私はまた飛びついたり暴れ出すんじゃないかと内心ひやひやしていた。またあんな激しいスキンシップをされても困るだけなので、とりあえず腕だけは抵抗出来るようにといつでも動かせるように膝の上に置いておく。 チュンチュン、と雀の鳴く声が小さく聞こえた後、女はそれまで俯き気味だった顔をゆっくりと上げた。それと一緒に私も少しだけ、思わず手のみを上げてしまった。 「。あんたと同じくのたま6年生で、あんたと一緒の部屋で、あんたの一番の親友だから」 目の前に迫られながら捲し立てられ、その勢いに私は唖然としてしまい一時の間が出来た。でも二、三度瞬きをするとようやく気が戻り、間抜けにも少し開いている口をぱくぱくと動かした。 「……」 「……よろしい」 そこで目が合うと、ようやくの顔を見ることが出来た。ふっ、と優しそうに微笑んだのを見ると、それもすぐに抱きつかれることで見えなくなる。 「ちょっ、」 「あんたが生きてただけで、それだけで……感謝すべきかもしんないって思って」 ぎゅう、とだんだん強まる腕に息苦しさを感じつつも、間に挟まれている腕を出しての背をまるで赤子を宥めるかのように優しくたたいた。私のことを親友と言った彼女に、実は一番心配をかけてしまったんじゃないかとふと思った。 私じゃないけどやっぱり悪いことしたな、と感じながら苦しくなりつつあるのを訴えるため、身体を引き離そうとした。はそれに素直に従い、私たちは再び向き直る。 「言い忘れてたけど、私のことさんづけで呼んだりしたら許さないから」 「うん、分かった」 「ていうか、それ言う前から結構口調が崩れてたよな」 「はは、確かに」 「敬語苦手だから、みんながそう言ってくれてありがたい」 そういえば話の通じないと思ってた時は、ついいつもの癖でというか、初対面の人たちに向かってごめんとか平気で使ってたけど。まあ、結果オーライ。 「なんか、こういう変なも面白いな!」 「……は」 突然そう言ってのけたのは、小平太。さっきまで大人しくしてたのに、急にこうして大きな声でおかしなことを言ってやがる。 「そうだな、あのやんちゃ過ぎるのもアレだったが……これはこれで、面白い」 「だろう仙ちゃん!」 さっきまでとは打って変わった明るい空気に、こいつらの順応の早さにあきれてしまう。私が敬語を使わなくなる以上の、だ。 でもそれに救われているのは確かなことだ。あの沈んだ雰囲気のままじゃ、きっと私は今以上にこの事態が面倒くさくて堪らず何をやろうという気にもなれなかったろう。 学校でも私の世話を焼いていた、あの友人と同じような彼らと、少しでも一緒にいたら楽しいと思えるかもしれない。笑い声を聞きながら、なんとなくそう思ったのだ。 はじめまして、よろしくね そういえば、あの「」が言ったとおり、みんなは私を助けてくれた(ありがとう) |