夜すらも深い眠りについた頃。それからが俺たちの時間だ、と今日も苦無を握りしめて思った。 今日もいつものように学園から課題として受けた任務を終え、同じくして終えた級友たちと合流して学園に戻った時だ。報告をする文次郎とは反対に長屋の方へ向かおうとすると、深夜だというのにどこからか足音がした。 普通なら誰もが寝静まっているであろう、そして仮にも忍者の卵がこんなにも大きな足音を立てる時間でもない。一体なんだ、とだんだんと大きくなる音のする方へと皆の目が向かう。 「っ、ねえ! あんたたち、今帰ってきたの?」 暗闇から姿を見せたのは、くのたまの級友であるだった。だと分かると自然と肩の力も抜けて、任務のせいか今まで気を張り続けていたのだと知る。 「ああ、そうだ」 「どうしたの、そんな慌てて」 文次郎が答えるのに次いで、伊作が全員が持っていたであろう疑問を向けた。そうするとは顔を伏せて、少し間を開けてから小さく呟いた。 「……が、がいないの」 「それも二日も」小さいながらもしっかりと耳に届いたそれは、俺たちに新たな疑問と動揺を持たせるのに十分なものだった。 はと同様、くのたまの級友だ。俺にとっては一番話す機会が多く、また他の奴らにとっても色々な意味で仲が良いといえるくのたまだろうと思う。そのがいない? いつも何かしらの悪戯やからくりを仕掛けてくる奴だが、この時ばかりはその深刻な表情からそれが冗談ではないということがうかがえた。 「どういうことだ? 演習で出ているんじゃないのか」 「学園のどこかにいるかもしれないぞ?」 「これでもかってくらい隅々まで探したわよ。それに演習はない。長期演習がこの前あったばかりだからシナ先生も暫く演習はないって。だから、」 「……一人で何も言わず出て行った、か」 早口に言いたてるの言葉を、長次が代わりに続ける。その通りだったんだろう、言い当てられたことにかそれともが何も言わずいなくなったことにか、唇を噛みながらは悔しそうにまた俯いた。 「こんなの初めてよ。出て行く気配すら分からなかった。もしかしたら何かあったんじゃないかって」 「、落ち着け。まずはもう一度部屋とこの辺りを探す。それでも見つからなければ先生に報告だ、いいな」 「……そうね、もしかしたら隠れてるのかもしれないしね」 「いい年になってかくれんぼか? まったく、毎度のことながらは問題を引き起こすな」 まるで自分に言い聞かせるような言葉にのり、仙蔵が冗談めいた呟きを零す。誰もが二人の言うとおり、は学園のどこかに隠れているんじゃないか、そしてまた俺たちのことをからかっているのだ、そう思い込みたかったんじゃないか。少なくとも俺はそうだった。きっと少しすれば天井から顔をのぞかせ「びっくりした?」なんて言ってまた俺たちを怒らせて笑うんじゃないかと。 しかしそれから七人総出で学園内やその周辺をしらみつぶしに探すこと半刻、誰もの姿を見つけることは出来なかった。 その足ですぐに先生のいる部屋に向かい、がいなくなった旨を簡単に説明した。任務終了の報告など、先生とて触れたのは最初だけだった。それ程に事態は急を要した。 再度にが行きそうな宛てに心当たりはないかと問い、先生主体のもと五人での捜索隊が形成される。伊作とは保健室での待機が命じられた。 「先生どうしてですか!? 私も捜索隊に加えてください!」 そして当然、その決定にが食らいついた。それもそのはず、のことを一番に心配していてなおかつ今回のことに気付いたのもだからだ。 しかしだからこその待機だったんだろう。ここにいる以外の奴は全員、その決定に異論などなかった。こんなにも気が乱れていているようでは、行動にも支障をきたす。 くのたまだからという理由ではない、くのたまでかつの親友だからこその待機命令なのだ。 「、のことはみんなが絶対に見つけてきてくれる。だから僕と一緒に待とう、ね?」 「…………分かった」 伊作がうまく宥めると、長い間を持ってだが返事が返ってきた。納得はしていないんだろう、それでもこれ以上に文句を言う気は無くなったようだ。 大人しくなったを見てから先生が先頭に立ち目で合図を送ってくる。それに頷き返し、伊作との方にも頷いてから地面を蹴った。再び飛び込んでいく夜は、先程よりも深い闇になっているように見えた。 そんなことに気を止めるのもつかの間、生い茂る草たちをかいくぐりながら俺たちは森の奥へ奥へと進んで行く。裏々々山まで行きそこから順を追い探していくが、そこに辿り着くまでがいつもより長く感じられた。 「――合流地点は此処におく。陽の上がる寅の刻には一度集まれ。を見つけた際は鳴笛を吹くこと、いいな」 「「はいっ」」 「よし、散!」 森の奥の少し開けた場に止まるとすぐ指示が出され、声がかかるのと一斉にして俺たちは四方にとんだ。 ガサガサと煩わしく耳の近くで草が掠れる音がするのも、気にすることなく俺は奥へ奥へと進む。任務終了後にも関わらず足取りは重く、早い。風に乗り鼻を掠る臭いの中に濃い血が紛れているのを感じ、一層に足取りが重くなる。つい先日までこの辺りで戦があったことは、その偵察任務を請け負っていた俺たちがよく知っていた。 そしてあんなに必死になるを見るのは初めてで、そしてがいなくなるなんてことも初めてだった。だからなのか、やはり俺も他の奴らも事態に追い付いていないのが正直なところだ。 他にも理由はあるだろうが、多分それも含めたからこその教師主体の捜索隊が形成されたんだろう。それらを含めての合理的な判断にも、思わず舌打ちが出る。任務後ということもあろうが、やはり力不足というのは否めない。 でもそんなこと言っている場合じゃない、とにかく一刻も早くを見つけ出さなければ。その思いだけが今の俺を駆り立てる。 「(くそ、夜目が効かねえ)」 暗闇には慣れているはずの目が、中々効かない。徐々に夜明けを迎えつつあるが、木々に囲まれたこの場所では例えそれでも夜同様の暗さだった。このままでは草むらの中に影があろうとも気付けないかもしれない。 幾度か瞬きを繰り返し、辺りを注意深く見ながら奥へと足を進める。 ――カサッ 「!?」 苛立ちを感じ始めたまさにその時、遠くで草をかき分ける音が耳に飛び込んできた。獣か何かか、それとも。 一握の望みでも構わずに、と声のした方を見る。同じくしてようやく空は夜明けを迎え、雲間から顔をのぞかせつつある太陽がゆっくりと辺りを照らしていく。 そうすれば声のした方にも光が差し込み、森の中にある影が目に入る。 「……」 微かに差し込む光は、少し小さいもののしっかりと桃色の装束を映していた。あの影は間違いなくだと、直感がそう告げた。 「――!!」 「――」 名前を呼ぼうとも、距離が遠いせいか折角から返事が返っても聞こえない。しかしこの時間が勿体ない。 俺はの方へと寄りながら、懐から渡されていた鳴笛を取り出す。迷わずそれを吹けば矢羽音と似たしっかりとした音が響きわたる。これでの発見をあいつらに知らせることが出来ただろう。 鳴笛を仕舞い、急いでの方へと向かう。ようやく目の前までやってくれば、今まで黙っていた気持ちが溜まりに溜まっていたのか、俺は思わず口を開いていた。 「お前っ、馬鹿野郎! 何処行ってやがった!」 「は、はあ……?」 どれだけ心配かければ気が済むんだ、そのまま口を開いていればそう言っていたかもしれない。しかしの足元へ目をやれば、そんな憤りなどどこかへ行ってしまった。 「足、怪我してんのか」 「え……あ、はあ、なんか、動かないから、多分」 「――騒ぐなよ」 「は」 返事は待たず、に手を伸ばしてその身体を抱える。一目で分かってしまうほどに映える赤を見て、思わずそうしてしまった。足だけじゃない、腕や顔にも赤色がついていて尚更に焦りが俺を駆り立てる。 必ず文句をつけてくるだろうことを予想し、大人しくするよう言い合流地点への道を急ぐ。意識はあるにせよ、怪我の具合は専門家じゃない俺が見ただけではどれくらいか分からない。とにかく早くを学園に連れて行かなければ。 もつれそうになる足を叱咤しながら地を蹴り、木々の隙間から見えつつある光を目指した。耳につくのは草の掠れる音と、情けなくも途切れ途切れにある自分の荒い息だった。不安と焦りが更に追い打ちをかけるように足を動かすのに駆り立てるが、すると先の方から光が見えてくる。 最後に大きく地面を蹴れば、既に全員が揃っている合流地点に到着した。俺と俺が抱えているの姿を見た途端、それぞれが名前を呼びながら駆け寄ってくる。 「留三郎、彼女は何処に」 「森の中に。足を怪我しているようですが、他にもあるかもしれません」 先生に問われ、息を整えながら事情を簡単に説明する。あまり長居すべきではないことは当然分かっているだろう。 そしてすぐに指示があり、俺たちは急ぎ学園へと戻ることになった。腕にかかる思ったよりも軽い重さに、俺はさっきまで身体が疲労を訴えていたことすら忘れてしまうくらい、安心していた。 ひとつ、安堵のため息 (自分でも分からぬほど、その失踪は不安を与えていたらしい) |