今自分の身に何が起こっているのかをほとんど理解出来ぬまま、私は男に抱えられたまま運ばれている。 唯一分かることは、見知らぬ男たちに囲まれて見知らぬ男に横抱きにされてどこかへ向かっているということ。これだけ言うと一見怪しい事件に巻き込まれているようにしか見えない。まあ、そうかもしれないけど。 でもなんとなく、この人達がテレビで見るような悪者ではないだろうことは分かる。とりあえず悪いようにはされないと期待して大人しくしている次第である。その期待のついでに、何かお腹に入るようなものくれたりしないだろうか。言ってしまうとこちらに飛ばされてからどうにも空腹感が拭えない。お腹の虫が鳴らないうちにどうにかしたいな。 「あと少しだから、我慢しろよ」 腹の虫の心配をしている中、私を抱えている男が呟いた。なんだかこんなに気遣ってもらっているのに、当の本人が実はお腹空いたとか考えてるとかなんだか申し訳なく思えた。いやでもしょうがないんですよ食欲と睡魔には人間誰しも逃げられないんだから。 申し訳なさを感じながら無言で頷くと、男は満足したようでまた前を見据えて走り続ける。ガサガサと山道を駆け抜けて行く早さは、風景の移り変わりを見て分かる程だ。これなら言葉通りに本当にすぐに着いてしまうだろうな、と思ってからすぐだった。一段と浮遊感を感じた後、男が立ち止まったのだ。 前の方も見れば、そこには木でできた大きな門がそびえたっている。どうやら目的地に着いたらしい。 「私はこのことを学園長先生に伝える。お前たちはを医務室に」 「はい」 門をくぐりながら短い会話が交わされると、黒い服の男はそのまま中へと進んで行った。そして残った集団は男とは正反対の方向に、これまた足早に進む。 立派な門だったけど、建物も中々に立派だ。木造の純和風なつくりは今の時代にしては滅多に目にすることはないから、物珍しさから思わず辺りを見回してしまう。 「伊作には知らせたのか?」 「矢羽音を飛ばした。すぐに治療出来る体制になっているとのことだ」 「分かった」 交わされる会話をぼんやりと聞いていると、男はまた進めていた足を止めた。今度はどうしたのだ、と前に目をやれば既に男が戸――障子を開くところだった。“保健室”の文字が書かれた掛札が視界に入り、ようやく目的地に着いたのだと知る。 障子を開ければ独特の臭いが鼻を掠り、それとほぼ同じくしてまた見慣れない男と今度は女の姿が目に入る。今日はよく人に会う日である、とつくづく感じた。 「っ!」 そしてまた、見知らぬ男は私の名前を呼ぶ。いくら私が疑問符を浮かべようとも、男は全く気にすることなく私の名を呼び続ける。そしてこの男も他と同じくして、酷く心配そうな目で私を見てくる。そこまで酷い怪我をしているわけではないと思うのだけど、どうしてそんなに必死になっているのか逆にこちらが心配になりそうなくらいの雰囲気だ。 「、よかった。とにかく中に、まずはそれから」 「!!」 「!?」 「、、っ、もう心配したんだから! 足怪我したんだって? 大丈夫?」 男の言葉を遮り、そして突然首元に抱きついてきたのはあの女と同じ桃色の服の女だった。あまりの勢いで首が締まるんじゃないかと思うくらい凄い力だ。 有無を言わす間もないくらいに出てくる言葉に頭が追い付かず、返事をすることなく口からはあ、とかえ、なんていう力のない変な音しか出なかった。 「待て。今はの治療が先決だ、話は後にしろ」 「っ、立花……あんた、また私の邪魔するの」 「、仙蔵の言うとおりだよ。このまま話すのもの身体に障るから」 「……分かった」 ありがたいことに男たちの説得により、女は渋々といった様子だったけど私の首から手を離した。なんだか分からないけどありがとう、男集団。 女が私から離れると、抱えられたまま部屋の中に入りそのままゆっくりと下におろしてもらえた。すっかり横抱きが定着しつつあったから、普通であるのに腰を下ろした状態に少し違和感を持った。 「それじゃあ手当てするから、みんなは外で待ってて」 「ああ」 「終わったら呼んでくれ」 「私も駄目なの?」 「そんな顔してるのが側にいるんでは伊作もも治療に専念出来ん。大人しく待ってろ」 引きずられるようにして最後に女が部屋を出ると、障子が閉められた。部屋の中にはやっぱり初対面の男と、薬の臭いが残っているだけ。 「怪我したのはどっちの足?」 「……右」 「じゃあまず足からやるから。他に痛いとこあるなら言ってね」 言いながら早速救急箱を開けて包帯やらを取り出す男を見て、手慣れているものだと思わず感心する。右足を出して裸足になると、赤なんだか紫なんだかの色をした足が見えた。今までのじくじくとした痛みの原因はこれか、と思わず顔を顰めた。 それは向こうも同じようで小さく「こんなに酷くなるまで……」などという呟きも聞こえたけど、独り言のようなので何も言わなかった。そういえば私も、あの女の人達と同じような桃色の服を着ているのだと、裸足になる時にようやく知った。いつの間にこんな格好に、とも思ったけどよくよく考えれば、今私が此処にいるのも全てはあの女が原因であって。――そしてあの女、なんて言ってた? 「……よし、これで足は終わり。骨にヒビは入ってないみたいだけど、暫くは安静が必要だから大人しくしてるんだよ」 「あ……はい。ありがとうございます」 「他に痛いとこは? 腕と頭にも血がついてるみたいだからまずはそこからだけど」 そんなことを考えているうちに、足の治療は終わっていたようだ。手際もよく、包帯の巻き方も綺麗であることから器用さもうかがえる。保健室にいたということは、保健医のようなものでもあるんだろうか。 次に腕、頭と的確に怪我の場所を当てて治療してくれるものだから、自分から痛いところを言わずとも頭の包帯が巻き終わる頃には痛みなんてすっかり無くなっていた。すごい。 「あとはかすり傷とか痣とか、軽いものばかりだから。消毒して薬塗るだけにしておくよ。その方が治りは早いんだ」 救急箱に使ったものを仕舞いつつ、今度はその軽い傷の治療に移り始めた。腕に負った切り傷や擦り傷は地味に痛みだし、消毒液をつけられるとやはり染みる。 痛みとはまた違うものに耐えているとふと男が治療とは離れた言葉を口にし始めた。 「あの通り、みんなとても心配してたんだよ。もちろん僕も」 「……そう、ですか」 「でもとにかく、無事でよかった。本当に、よかった」 消毒しながらそう言う男はとても安心した、嬉しそうな顔をしていた。それは私に向けられた言葉なんだろうけど、少しずつ現状を理解しつつある私にとってそれは受け入れがたい言葉だった。 それを今言うわけにもいかず、私は大人しく男の消毒が終わるのをじっと待った。そして手際の良い男は数分もすると、何カ所もあった傷を消毒し終えてしまう。 「一通り終わったんだけど……みんなを呼んでもいい? きっと僕以上に心配してるだろうし」 「はあ、大丈夫ですけど」 「も疲れてるだろうけど、少しだけでも話せばみんな安心するだろうから」 「……そうかな」 道具を救急箱に仕舞いこむと、男は障子の方に向かい「入っていいよ」と声をかけた。すると途端に障子が開き、真っ先に女が部屋の中へと入ってきた。 また首元に飛びつかれたら堪らないと思い反射で手を前にやったけど、女は入ってきてすぐ私の傍に座るだけだった。それにほっとして行き先の無くなった手を戻すと、女に続いて男たちがぞろぞろとその後ろに座った。 「伊作、怪我の具合はどうなんだ?」 「うん。骨に異常はないし、ほとんど軽い傷だったから少し安静にしてればすぐ治るよ」 「……そうか」 「よかったな! 治ればすぐにバレーができるぞ!」 「小平太、病み上がりにバレーなどやらすな」 「えーなんでさ仙ちゃん」 「普通に考えればそうなるだろうが! その頭は飾りかバカタレイ」 人数が人数なものだから、話しだすと部屋の中は一気に賑やかになる。そして私の傍にいる女も、我慢してたのを発散するかのように口を動かしている。 「大した怪我じゃなくてよかった! 部屋にいないからびっくりしたんだからねまったく。あんたに振りまわされるのは慣れたつもりだったけど、まさかここまでされるとは思わなかったわ」 「す、みません」 「とにかく、これからは任務であろうとなんであろうと一声かけてから行くこと! いい?」 「……はあ」 まるでお母さんだ、と思わざるをえないくらいの心配性だと思った。それこそ本当の母親よりも大袈裟に世話を焼いていると感じるくらい。 「見たより大丈夫そうだな」 「流石、身体だけは丈夫なんだな!」 「お前らの目こそお飾りか。これ見て丈夫とか言うのがおかしいっての!」 そうしていると男集団の方から声がして、そこからまた賑やか同士が口喧嘩を始めてしまう。もうどっちも煩いということなんだから、とりあえず近くで騒ぐのはやめてほしい。 私の無言の意思を受け取ったのかもしくは同じことを思ったのか、会話に参加してなかった男が「うるさい黙れ」と窘める声がした。しかしそれでも一向に収まる気配のない喧騒に頭を抱えたくなる。 「もう、みんなして……。あ、。何か欲しいものある?」 「え」 「なんか食いたいもんあれば言えよ。取ってきてやっから」 そういえばお腹が空いていたんだっけなあと思いだすけど、ふともう一つのことを思い出す。まずはこういうことを先に済ませておいた方が、後回しにしてしまうよりもずっといいのかもしれない。こんなこと初めてだから確証はないけど、大丈夫だろう、どうにかなる。 「……ひとつだけ、聞いておきたいんですけど」 「うん、なに?」 「あなたたち、誰?」 「……え?」 それまで騒がしかったはずの室内は、たったそれだけの言葉で一瞬にして静まり返ってしまう。あの喧騒の中でよく声が聞こえたな、と思ったけど目の前の男は何も声を発しない。 打って変わってこちらは聞こえなかったのかと思い、私はもう一度今度は少しだけ丁寧に言い換えて、相手に分かりやすいように言った。 「あなたたちは、誰なんですか?」 きっと聞こえてないんじゃなくて信じられない、そうなんだろうけどなんとなく素直にそう思いたくなかったのだ。 分からないフリしても 『とにかくね、貴女には私になってもらって、ある場所で忍者になるための修行をしてもらうわ』 あの女の言ってたことは、こういうことだったんだろうか。 見知らぬ場所、一方的に名前を呼ぶ人たち、女と同じ桃色の服。――きっと私は今、あの女になっている。(これもどうにかなった結果なのか) |