足元を眺め、地に足がちゃんと着いているか確かめる。自分の掌を握りその感触も確かめ、最後に頬を抓って痛いことを確認。
それら一連の確認から、今この場所にいるのが夢ではないことを改めて知る。なんともまあ摩訶不思議なこともあるものだ、なんて感心してしまった。人間が想像出来ることは実現することが可能である、ということを聞いたことがあるけど、早くも私は瞬間移動を体験したようだ。
此処がことの元凶であるあの女が言っていた“ある場所”であろうことまでは想像出来たけど、それから先どうすればいいのかなんて、突然放りだされた私が知る訳もなく。
とりあえず周囲を散策して、誰かしら人を探すことから始めよう。こんな山の中で一人で生活出来るほど、私には知恵も体力もやる気もない。人のよさそうな人間に声をかけて一泊させてもらい、そこから先は追々考える。とにかく今は誰かに会うことが先決だ。
こんな場所で死んでたまるか、というなけなしのやる気を出して、私は重い足を一歩ずつ進める。歩き出してようやく気付いたことだけど、右足が上手く動かせない。どうやら怪我をしているようだ。自分の身体だというのに些かの違和感を持ちながら、なんとか足を進めていく。
一歩ずつ足を進める度に足から、腰から、背中から、頭まで、全身にじくじくとした痛みが広がっていくのを感じた。なんでこんなに痛いんだ、とやり場の苛立ちも感じつつ草をかき分ける。

「……あ」

何度か草をかき分けながら進んでいくと、少し開けた空間が広がった。そして目に入ってきたのは、先に見える人影。確かにあれは動物ではない、人間だ。
ようやく見つけた人影に安堵しながら、そちらの方へと一歩ずつ向かっていく。此処からでは声が届かないから、もっと近づいたら声をかけよう。そう思っていた。

「――!!」
「あ、あの。すみません、」

声をかける前に、ばっちりと人影――これまた全身深緑色の服を身に纏った男と、目が合った。そしてなぜか私の方を見て酷く驚いているように見えた。
どうしたのかと思いながらも、まずは此処がどこなのかを聞こうと声をかける。するとその瞬間、男は懐から何かを取り出したかと思いきや、それを口元に持って行った。

――ピィーーーーー……

するとそれを吹いたらしく、笛よりも小さい、でもよく耳に届くそんな音を出したのだ。何してんだろう、なんて呑気に男の方を見ていたら、その男がすごい勢いでこちらに向かってきているのが見えた。
突然のことに驚き思わず身を硬直させていると、あっという間に目の前に男がやってきていた。距離が近いと思うのは気のせいでしょうか。

「お前っ、馬鹿野郎! 何処行ってやがった!」
「は、はあ……?」

目の前に迫ってきたかと思えばいきなり怒鳴られ、一体何なのだと疑問符が浮かぶばかりだ。怒鳴られると同じくして強い力で肩も掴まれ、鈍い痛みが全身へと響くようだった。
それまでずっと逸らせなかった真剣な眼差しは私の目を見てから、頭の上から足の先までを眺めるようにして動いていく。ふと下に向けられた視線がそこで止まると、男はまた私の目を見て口を開いた。

「足、怪我してんのか」
「え……あ、はあ、なんか、動かないから、多分」
「――騒ぐなよ」
「は」

口早にそう呟いたと思えば、私が止める間もなく男が背と足に手をかけてきて、それから襲う浮遊感。横抱き、俗に言うお姫様抱っこならぬものをされていると理解した。

「あの、一体何を」
「少しの間だけだ、我慢しろ。文句なら後でいくらでも聞くから」
「……はあ」

何をしてるんですか、なんて聞こうとすればまた早口で言葉を遮られた。とりあえず今は大人しく従うのが賢明かと思い、言うとおりに曖昧な返事をしてじっとすることにした。
男はそれから私を抱えたまま凄いスピードで走りだす。それにも関わらず感じる揺れが極僅かな気がするのは、男の気遣いなのだろうか。
人間一人抱えながらも、草の生い茂る中を颯爽と駆け抜けていくことに感心しているとあっという間にまた開けた場所に出た。ようやく森の中に出たらしく、周囲には木や草の代わりに空が顔をのぞかせている。
なんだか見るのが久しぶりのような空に目をやると、視界の端にいくつかの人影が映った。そちらの方に顔を向ければ、似たような色の集まりがいるのが見える。こんなに人がいるのなら宿には困らないかも、なんて思った。

「――っ、!」
、無事か!?」

男は集団の方に向かっていくようで、集団もこちらに向かってきた。なんだなんだと事態についていけないのは私だけらしく、集団の誰のことも分からないのにあちらは私の名前を必死に呼んでくる。
良く見れば誰もが私を抱えている男と同じように深緑の服を着ていて、しかも全員男だ。こんなむさくるしい中に女が一人だけいるとなると、自分的には居辛くてたまらない。

「留三郎、彼女は何処に」
「森の中に。足を怪我しているようですが、他にもあるかもしれません」
「そうか。とにかく学園へ。全員いるな! 行くぞ!」
「はい!」

深緑の中に黒の服を着た人を見つけたけど、やはり男だった。男ばかりが集まって一体何してるんだ。というかそろそろ降ろして欲しい、と思えばすぐに男はまた走りだした。しかも男集団に続いてだ。
これは下手すれば誘拐じゃないのかなんていう疑問を持ちつつ、まずは大人しくしてことが過ぎるのを待つとしよう。じっとしてる分には悪くはされない、それが経験上の教訓だった。
何処かに連れて行かれることは決定事項だろうけど、とりあえず一泊出来そうな場所だったらいいなあと思いながら空を見上げた。



空はやっぱり、青かった



ちょっとだけ都会よりも青いんじゃないかなあ。なんとなく、そう思った。