人は見た目に依存している。
しょせん顔が良ければ大抵の者は興味や好意を抱き、近づいてくるものだ。私のように美しく、かつ成績優秀、運動神経抜群、品行方正となればなおのことだろう。
そして人によってはまるでブランド品のように、私という人間を傍につけることで他人と差をつけたがり、興味を惹きつけたがり、己の価値を知らしめようとする。なんてくだらない、体たらく。他人の自己顕示欲に付き合わされるほど、私は暇でも馬鹿でもないのだ。目の前にいる女も同じだ――媚びた態度をとっても抱くのは嫌 悪感のみ。この私が貴重な時間を割いてやっているというのに、こんな話はそれに見合った価値を持ちえない。

「ねえ滝くん?」
「……なんでしょうか」
「だから、ねえ、滝くんて綺麗でかっこいいじゃない? 私ずっと思ってたんだよね」

そんなことこの学校、否世界中の誰が見ても同じ感想を持つに決まっている。私が一番に分かっている周知の事実を、改めてこの赤の他人の女から知ったような口で言われるのは至極不快、不愉快である。

「よかったらね、私と付き合ってくれないかな」

今まで幾度となく聞いてきた言葉に、「またか」という呆れとも飽きともつかない呟きが心の内で零れた。
女のために貴重な時間を割くのも、この辺りで限界だ。

「すみません。今は誰ともお付き合いする気はないので」
「でも、」
「あなたと付き合う気は微塵もないと言ってるんです。……話はそれだけですか?」
「〜〜っ、もういい! 何よ、ちょっと綺麗な顔してるからって調子のってんじゃないわよ! ナルシスト!」

顔を真っ赤にしながら喚き散らすと、女は捨て台詞のようにナルシストと吐き捨てて大股で去っていった。
まるで台風にあったような感覚だったが、嵐が過ぎ去った後の閑散とした静けさに安堵しようやく息をつくことができた。

「おーおー。派手に振るねぇ」
「は?」

女が去り自分以外の人間はもういないと思っていたものだから、突然降ってきた声に驚きを隠せず随分と間抜けな声が出てしまった。
声のした方を振り向くと、背にしていた校舎の2階の窓から女が顔を覗かせていた。学校内の女子に関心がない私でも、彼女の名前はその存在とともに知っていた。
先輩。よく生徒会の役員と一緒にいては色々な行事や騒ぎの中心になっている、きわめて目立つ人物だ。私が見ても整っていると思わせる容姿の持ち主でもあり、おそらくそれも目立つ要因になっているにちがない。
その先輩にまさかこんなところを見られるなんて、後々面倒なことになりそうだ。
でもだからといって声をかけられたのを無視するわけにはいかない。私はまた重い溜息をついてから、しぶしぶと先輩のいる窓の方を見上げた。

「……のぞきですか? 悪趣味ですね」
「こんなとこでやるのが悪い。それにあんな大声で喚かれたら嫌でも分かるって」
「……」

たしかに、あんな大声を出されれば例えここが人気のない裏校舎でも、教室にいる人間にはそれが聞こえてしまうだろう。
言い返せず黙っていると、上から小さく笑う声が聞こえた。……恥ずかしい。

「でも大変ね。同情しちゃうなー」
「案外話が分かるんですね。そうでしょう、あんな大声で一方的に言いがかりをつけて……本当に迷惑で」
「馬鹿。あんたのことじゃないわよ」
「……は?」
「あの子。あんたにフられた、さっきの女の子のこと」

あれだけ目立つ先輩もさぞ迷惑な呼び出しをされたことだろう、だから同じような場面に出くわした私に同情した――とばかり思っていた。
しかし続いて先輩が口にしたのは「馬鹿」というもの。もしかしてそれは私のことを言っているのか? 私が馬鹿だと?

「フられたのよ? あれは1週間は泣いて過ごすね」
「……とてもそうは見えませんが」
「ほんと分かってないねあんた。女の子ってのはね、隠し事が上手なのよ。ほら、秘密を着飾って美しくなるとか言うじゃない」

最後は何を言っているかよく分からないが、そこまで親しくもない人間に、たとえ先輩だろうとこんな一方的に咎められるのはいい気分ではない。
それを態度に出せば、明らかにからかっているとしか思えないように先輩は口元に緩く笑みを浮かべながら口を開いた。

「あーあ、噂の滝夜叉丸君が一体どんな子かと思いきや……とんだ思い上がりの残念ナルシスト。がっかり」
「なっ!」

上から見下されながら、よく通る声がいやに耳に響いた。あからさまに他人にここまで貶され、しかも落胆されたのは生まれてこのかた、今この瞬間しかない。
あまりのことに思わず驚きの声が出たまま口が開いたままでいた。

「私は、あんたよりもずっと完璧な男を知ってるよ」
「……私より?」
「そう。生徒会にね」

よかったら遊びにおいで。そう言って先輩は、出していた顔を引っ込めてしまい去って行ってしまったようだ。
何もかもが気に食わない、何より自分以上に完璧な男がこの学校にいる――しかもそれを、先輩に言われたのが何より悔しい。知らないうちに握りしめていた両の掌が熱くなる。
あの人がああまで言う“完璧な男”とやら、興味がないわけがなかった。私は掌を握りしめたまま、その足を生徒会室へと向け歩きだした。
そういえば、先輩が顔を出していたあそこがちょうど生徒会室だったのではないだろうか。ふと浮かび上がった疑問は、校庭から聞こえる運動部のいくつもの掛け声ですぐに消え去っていた。

→滝と仙蔵