話をやり過ごそうと女子学生を眺めようにも、昼からもだいぶ時間が経ったために人もまばらになり、それすらも出来なくなってきた。滝夜叉丸は飽きることなくつらつらと自慢話を続けており、その口が止まる気配はない。流石にだって聞き飽きただろう、と思い目をやれば抑えようともせず欠伸をしているところだった。とっくに飽きていたらしい。 「――でもあり、私はそれを欠かさずに」 「そういえば滝はお昼もう食べた?」 「え、あ、いえ。まだです」 「ならここで一緒に食べなよ。もうガイダンス終わったんでしょ?」 の退屈からくるだろう欠伸には気づかず、滝夜叉丸は声を掛けられてようやく顔もこちらに向いた。こんだけ乗り気だった自慢話を中断させられてもこうして普通に反応するもんだから、慣れが感じられる。高校でもいつもこうだったんだな、きっと。 「昼食をご一緒したいのは山々なのですが……実は友人を探しているんです」 「あれ、滝はもう友だち出来たんだ」 「ええまあ……」 「そういやさっききょろきょろしてたもんな。どんな奴?」 「なんというか、飄々としてる奴です」 「は?」 あまりに抽象的、そしておかしな特徴のあげ方に思わず腑抜けた声が出た。 しかし本人も言ったことに戸惑っているようで、滝夜叉丸は慌てながら続けて口を開く。 「行動もですが、雰囲気もまさしくそういった様子で……だから少し目を離した隙にこうして見失ってしまいまして」 「へえ、滝もそういう子と仲良くするようになったの」 「仲良くというか……あいつは放っておくと何するか分からなくて、心配なんです」 「まるで保護者だな」 「私はあんな手のかかる子どもはいりません!!」 「冗談だって、じょーだん。で、見た目の特徴はどうなんだ? そっちの方が見つけやすいし」 「あ、はい。癖のついた灰がかった髪で」 「滝夜叉丸ーッ!」 今日は騒がしいな。 さっき滝夜叉丸が来た方から、絶叫に近い声が響いた。ちょうどそちらの方を見ていたから、声の主を特定するのは簡単だった。 大股でこちら――いや、滝夜叉丸の方へと歩いてくる男は、近づいてくるにつれその風貌とそれまで見えなかった後ろにいる人物をはっきりとさせる。後ろにいるやつの顔は隠れて見えないが、声の主はこれまた滝夜叉丸と同じくらい綺麗な顔立ちをしている。 けど見慣れた顔立ちのようにも思え、違和感を持つ。こいつ、どっかで見たか? 「み、三木ヱ門」 「おまえ、人に頼んでおきながら自分はこんなところで油を売って!」 「すまない、少し話すだけのつもりだったのだ」 荒々しく滝夜叉丸に責め立てる男は俺たちのことが見えていないようで、髪を振り乱さんばかりの勢いで怒りをぶつけている。 さっきまで自信に輝いていた滝夜叉丸も、その気迫にたじたじといった様子だ。 「……どっかで見たことあると思えば田村か」 「え? あっ、鉢屋先輩。それに竹谷先輩も、お久しぶりです」 「――ああ、田村か! 生徒会の!」 三郎に言われてようやく思い出した。どっかで見た顔だと思えば、大川高校での一つ下の後輩だ。 それを皮切りに、じわじわと蘇ってくる高校時代――主に予算会議での惨状に、思わず顔がひきつるのを感じた。あの会議には良い思い出がないのであまり考えたくないが、そういえば生徒会長の潮江先輩の横に田村の姿があったのを思い出す。あの時はそちらに目をやる余裕がなかったが、こうして面と向かって見ると田村も十分に目立つ要素を持っているなと感想を持った。 「その子はハチたちの後輩なの」 「ああ」 「田村三木ヱ門です。よろしくお願いします」 「よろしくね、三木」 満面の笑顔でもって答えるのを見て、田村を大層気に入ったんだとすぐ分かった。それに田村の方もうっすら頬を染めている。 その様子にまたの外面に騙された奴が増えてしまった、という確信とともにせめて後輩である田村への被害は最小限で済むよう祈った。 「それで三木、その後ろの子は?」 「ああ、そうだ。ほら、喜八郎」 目ざといはいち早く田村の後ろに隠れている奴に気付き、それに促されて田村も後ろの人物を荒っぽく引っ張りだした。出てきたのは灰がかった髪を存分にうねらせ、ぱっちりとした瞳をどこか余所に向けている男だった。特徴からして、滝夜叉丸が探していた友人というのがこいつなんだろう。 「喜八郎、お前どこに行ってたんだ! 探したんだぞ!」 「滝が勝手にいなくなったんじゃない。人のせいにしないでよ」 「なんだと!」 「なにこいつ?」 「こいつじゃありません、綾部喜八郎です」 よろしくお願いします、とその気が全くみられない挨拶を俺たちに向ける綾部。 滝夜叉丸、田村と礼儀正しい割と普通の奴に続いてこんな挨拶をされては、とてもじゃないが印象としては「変」というのしかつかなかった。 そしてあながち滝夜叉丸が言っていた飄々としている、という表現は間違っていない。否、的を得ているものだと納得できた。しかしにはそんなこと関係なく、また好きな部類の顔立ちをしている綾部に向かって嬉々として自己紹介をし始める。 「私は。これが三郎と、ハチね」 「はい。よろしくお願いします、先輩」 「おいおい限定かよ」 「てか俺たちの紹介適当すぎじゃねえ?」 小さく不満を漏らすも、自分好みの男が三人も目の前にいるにとっちゃそんなの聞こえてないも同然だ。すでに俺たちのことは見えてないだろう。 「分かんないことがあったらなんでも聞いてね、綾部くん」 「ありがとうございます。あと、喜八郎でいいです」 「じゃあ喜八郎、一緒にお昼ご飯食べない?」 「食べます」 「! じゃあ僕も、」 「私も一緒にいいですか!」 「いーよいーよ、みんなで食べよ。ほら喜八郎、ここ座って!」 「はい」 承諾の返事を得るなり、滝夜叉丸と田村は他のところから椅子をガタガタと持ってきての近くに座らんと必死だ。しかしそれより先に空いていた隣の席には、自らが綾部を誘い座らせている。 その一方通行ぶりは見ていて飽きないのと同時に滝夜叉丸と田村が哀れに思えて仕方なくなった。 →竹谷と滝 |