「喜八郎は何食べる?」
先輩が食べてるのが美味しそうです」
「A定食ね。これにする?」
「でもそっちの先輩のも美味しそう」
「言っとくが俺のはやらないぞ」
「わー三郎ケチー」
「じゃあてめえが金払いやがれ!」
「やーよ。で、滝と三木は決まった?」
「はい。喜八郎はA定食でいいんだな?」
「あと滝のもちょっとちょうだい」
「なっ、お前のちょっとはちょっとではないから私の分がなくなってしまうだろう!」
「滝のけち」
「ちょっとくらいいいじゃん滝。それより早く買ってこないと。昼休み終わっちゃう」
「あ、はい……じゃあ、行ってきます」

結局に言いくるめられてしまい、滝夜叉丸は財布を手にとって一人席から離れていった。それが当然の如くと綾部はすっかり話しこんでいるし、田村も三郎も動こうとしない。さすがにキツいだろう。
俺は食べかけのパンを全て口の中に収めてから続いて席を立った。カフェテラスの中に入れば、ちょうど食券を買っている滝夜叉丸を見つけた。
向こうは食券を買っているから気付いてなかったが、買い終わって振りかえると当然のように俺の存在を目に入れた。

「竹谷先輩、どうしたんですか?」
「俺もなんか買おうと思ってな」

驚く滝夜叉丸を通りすぎ、ポケットに入っていた小銭を適当に入れて光ったボタンを迷わず押した。出てきたのは「ミニどんぶり」の食券。腹の足しにはならねえな、と思いながら滝夜叉丸の持っていた食券と一緒に出した。

「おばちゃん、よろしく!」
「はいよ」

俺たち学生に飯を提供してくれるここのおばちゃんは、とにかく気さくで優しくて作る料理が全部美味い。目の前で作られている様を見ながら、俺はいつ話しかけようかとタイミングを図っていた。

「あのさあ滝夜叉丸」
「はい」
「お前ってその……高校でもああだったのか?」
「ああ、とは?」

いきなり本題に入るのは難しいか。でも俺は回りくどいのは苦手だし、回り道して迷子になる可能性大だ。なるべく気に障らないように気をつけ、少し言葉を濁しながら本題を口にする。

「あー……のこと、さ。なんかパシリみたいじゃねえ?」
「パシリ? 私が、先輩のですか」
「ほらあいつ、わがままだし馬鹿だし馬鹿だし。嫌なら嫌って言わねえと分かんねえって。それにお前のことを可愛がってるのはすげえ分かるから、お前が嫌がることならだって」
「竹谷先輩は、私に気を使ってくださるんですね」
「は? え、いや……別にそういうんじゃ」
「パシリだなんて思ったこと、一度だってないですよ。高校の時から。もちろん、わがままだとも」

しっかりと前を見据えながら言う滝夜叉丸は、嘘なんて言っていない、本心からの言葉を言っているんだと理解できた。
どう見たって滝夜叉丸はにいいように使われてるし、あいつのわがままと馬鹿さについてはお墨付きだ。過去にもの外見に騙された男がそれで何人犠牲になったことか。まあ大抵の男は顔が悪いとかなんとかで一刀両断されていたが。

「私は先輩のこと、尊敬していますから」
「……そんけい」
「あんなにも人のことをちゃんと見てくれる人、初めてです」
「! そ、か」

何かと勘違いされやすいだが、なんだ、高校でも俺たち以外にも、ちゃんと分かる奴がいたんじゃないか。
それを聞いて安心したはずなのに、胸にもやもやした何かが渦巻くのが自分のことだっていうのに不思議で堪らなかった。

「まああれだ、これからもよろしくしてやってくれ」
「なんだか竹谷先輩、先輩の保護者みたいですね」
「はは、冗談きついぜ」

あんなに手のかかる奴の保護者だなんてまっぴらだ。と言うのもそいつを尊敬してる奴の目の前で言うことじゃないな、と思いなんとか言いとどめた。

「あの、竹谷先輩」
「ん? なんだ」
「どうして来てくれたんですか。もうお昼は食べ終わってましたよね?」
「さっき終わったけど物足りなくてなー」
「……そう、ですか」
「それにお前一人じゃ運ぶの無理だろ」
「え、」
「はいよ! A定食にオムライスセット、ボロネーゼスパゲティとミニどんぶり出来たよ!」
「ありがとーおばちゃん! おら行くぞ滝夜叉丸!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「お残しは許しまへんでー!」

受け取った料理をお盆に載せ、人のひらけてきたカフェテリア内から足早に出る。きっと早く届ける振りでもしないと約一名から文句が飛んでくるにちがいないだろうし。

「竹谷先輩!」
「んー? 早く行かねえとがうるせーぞ」
「あの、ありがとうございます」

少し後ろに着いて来ていた滝夜叉丸を振り返ると、皿を落とさぬように少し頭を下げていた。ほんと、律儀な奴め。

いいって、と声をかけると顔を上げ、滝夜叉丸はまた俺の後ろについて歩き始めた。

「あ、きた。滝ーはやくー」
「はい、すみません」
「滝遅い」
「持ってきてやったんだ、文句言うな。あと金はちゃんともらうぞ」
「……チッ」
「じゃあ私が払うよ、新入生歓迎ってことで」
「そんな、先輩に支払わせるわけにはいきません!」
「滝夜叉丸、タバスコはないのか」
「それくらい自分で取りに行け!」

待っていたのは以上に五月蝿い同級生だったようだが、忙しなく口を動かす滝夜叉丸は怒ってる割にはあいつらに構う分だけ、楽しんでるように見えた。

「ハチも買ったのか?」
「ああ、パンだけじゃ足りなくてな」
「デブるぞ」
「うっせ」

三郎の小言は聞き流し、定食と一緒に盆に載せてたどんぶりを手にとった。
一向に静かになる気配を見せない連中に、これからまた騒がしく飽きない毎日がやってくるんだろうなという確信めいた感想を持ちながら、俺は湯気の少し落ち着いたミニどんぶりを口に入れ噛み締めた。うまい。