一つ、決してタソガレドキ城のことを口にしないこと。
一つ、報告書を作成する時は決して他人に見られないようにすること。
一つ、自分が異世界から来たことを信じてもらうこと。
一つ、忍術学園に危害を及ぼすような行動はしないこと。

私が生きていくために守るべくかされた、四つの決まり。諸泉さんと、そして雑渡さんが決めたもの。
最後の一つだけを雑渡さんが決めた時、私は忍術学園に行くことがほんの少しだけ嫌になったんだ。


すっすっ、とだいぶ手慣れてきた筆で字を書く音がたつ。静まり返った部屋の中では、その音だけがずっと聞こえている。
此処、忍術学園に私が住み込みで働くようになってから早一月が経とうとしていた。あの三人組に助けられ、うまいこと忍術学園に入り込むことが出来た私は、そのまま少しの嘘と成り行きで『お手伝いのお姉さん』という地位を手に入れたのだ。

「あの学園にはお人よしばかりがいるから、きっと君のことも受け入れてくれるさ」

いつだったか、雑渡さんが言ったこと。正にその通りだと思う。この学園は、学園にいる人の大半が、私という人物を少しずつ受け入れ始めているのが分かるのだ。
確かに始めは、誰もが私という異質者に怪訝そうな視線をやっていたのが分かった。それでも少しずつ、ひとり、またひとりと、言葉を交わすうちに何かが変わっていったのだ。
おはよう、こんにちは、またあした、おやすみなさい。少しずつの挨拶は、徐々に彼らの心に隙を作っていってくれたようだった。
今日はどんなことしたの?、今度私も連れてってね、私のいたところには色んなものがあったんだよ。それはだんだんと大きくなっていき、いつの間にか一番に私のことを警戒していただろう最上級生とも会話をするようになっていた。
こんなにも簡単に、忍者の卵でもある彼らと親睦を深めてよいのだろうか――曲者の、私が。そんな疑問が度々頭をよぎるものの、全ては騙されるほうが悪いのだ、と思い込むことにしている。だってこれも、雑渡さんへの恩に報いる為なんだから。
雑渡さんは私のことを助けてくれた次の日、面と向かってこう言った。

「君にはとある場所に潜入してもらって、その内部にあるなんでもいい、とにかく情報を私たちに伝えること……つまり、間諜になってもらいたい」

間諜、つまり現代で言うスパイになれと、彼は出会ってまだ2日の私に向かって言ったのだ。
その後の説明によると、なんでも忍術学園に怪しまれずに入るには忍者では逆に気付かれやすいという。しかし私という一般人、しかもこの世界の住人でもない私が突然降ってでもすれば、興味を引かれて誰かが学園内にいれてくれるかもしれない……らしい。
結果的には学園内に入ることも出来たし、私も言われたとおりに忍術学園の細かい情報を紙に書いて定期的に馬を飛ばしている。敷地内の構造だとか、どんな授業をしているだとか、罠のある場所も毎日書いている。
とにかくなんでもいい、雑渡さんたちが役に立つような情報を少しでも教えてあげられたら。例えそれが、忍術学園に危機をもたらす引き金になる行為であろうとも。
私は彼の為にならば、なんだってしてみせる。彼に拾われたこの命が、朽ちて果てようとする未来が既に作られていても。



描けない幸せな未来


だって私は曲者。追い出さないのがいけないの。