乱太郎たちが連れてきた女性は、おかしな服を身に纏った不思議な人だった。 学園長からのお使いの帰り道で出会ったというその女性。彼らが言うには彼女は“空から落ちてきた”と言うのだからおかしなことだ。鳥でもあるまいし、人が空から落ちてくることなどあるわけがないのだから。もしくは、木にでも登っていて不運にも足を滑らせて落ちた、か。 どちらにせよ落ちたことは本当らしく、彼女は足に酷い捻挫と手に軽い擦り傷をこさえていた。乱太郎ときり丸に支えられながら保健室に入ってきた時は驚いたけれど、僕は頼まれるがままに処置を施した。言われなくても、怪我人が目の前にやってきたら抵抗しようが治療はするけど。 そして、その彼女にはおかしい点がいくつかあった。一つ、服装。明らかに僕たちが知っている着物の類ではなく、南蛮のものかとも思わせる風貌であった。二つ、荒れた様子のない綺麗な手。擦り傷以外に見られる傷も荒れもなく、なんの苦労も仕事もしていなさそうな。そうまるで、どこかの箱入り娘やお姫様のように綺麗な手だった。 三つ、自分は異世界から来たのだと言ったこと。最初は僕をからかっているんじゃないかと思ったけど、彼女の目も表情も全てが真剣そのものだった。以上三つの点、そして空から落ちてきたという乱太郎たちの証言から、僕は彼女を“怪しい女”とみなすことしかできなくなった。しかしその時は自分の考えだけで疑わしきを罰することも出来ず、その場ではとりあえずそういうこと、にして学園長に彼女のことを一通り説明したのだ。 すると学園長はなぜか彼女を気に入り、異世界から来たということも信じてしまったらしい。そんな過程を経て、色々ありながらも彼女は今こうしてまだ治りきっていない足を庇いながらひょこひょこと廊下を歩いている。 「あ、おはようございます」 「おはようございます、さん」 怪我の手当てからの感謝か癖かは分からないけど、僕に対してはさんはいつも敬語だった。年はそう変わらないと言っただろうか、それでも彼女の方は一つか二つ上だったはず。 それでもなお、年下である僕にはいつも敬語で話しかけてきた。それにつられるようにして、こちらも敬語で返してしまうことが癖になってしまった。 「足、まだ治ってないんですから。あんまり無理しないでくださいね」 「ありがとうございます。でも善法寺君の治療のおかげで、歩くのもだいぶ楽になってきました」 「そうですか。それは、よかった」 微笑みを向けられたものだから、僕も同じようにして返した。 はじめに保健室に来た時は、あんなにも泣きそうな顔をしていたというのに。今ではもうすっかり此処になじんだようで、こうして微笑む余裕も出来てきたよう。 「それでは、は組の子たちに呼ばれているので」 そう言って僕の隣をすり抜けて行ったさん。とた、とた、と不格好な足音が徐々に小さくなりながら響いていく。 ふと、いつの間にか自分の口元に孤を描くための力が加わっていないのに気付いた。彼女が目の前から去るまで、僕は上手く笑えていただろうか。 完全に異質な存在である“彼女”を学園が、しいては学園にいる忍者のたまごの僕たちが受け入れていることに、俺は違和感ばかり感じている。 空から降ってきたなんて言うから? 異世界から来たなんて言うから? いやちがう。そもそも彼女が異世界人であろうがなかろうが俺にとってはさして大差ないことだ。 問題は異物が異物でないように取り込まれている、この状況。学園全体が彼女を受け入れ、順応し、そして新たに学園内に彼女の居場所が出来た。さも自然な流れに、俺は戸惑わざるをえないままだったのだ。 どうして誰も気づかない? おかしな服を着ているから、手が綺麗だから、それだけで彼女が人畜無害な存在であるとでもいうのか。――ありえない。 心の中に出来た黒い疑問は、同級生にも親友にも誰にも問えずにいた。彼らも彼女を、少しずつ受け入れ始めているから。 でも俺は彼らには、この違和感を気付かせてなんかあげない。優しさではない、ただのエゴだ。自分だけが彼女の本性を見破れればいい、ただそれだけの、自己満足。 もし仮に彼女が白であったとしても、それはそれで俺にとっては「新しい日常」の始まりにすぎない。けれど黒であったとしたら? 一番に彼女を捕まえるのは、僕だ。 眼前に広がる世界に唾を吐いた (誰よりも、何よりも、一番に彼女に夢中になっているのは、僕であった) |