草の生い茂る場所にいると、どうしてもあの日のことを思い出す。この世界に初めてやってきた、あの日のことを。
あの時、運よく通りかかった雑渡さんに助けてもらわなかったら、私は今この場に立ってもいないし存在してもいなかっただろう。本当に運が良かった、ただそれに尽きる。
でも今は回顧している場合ではない。いかに自然に、いかに突然、どれだけ彼らを驚かして下に降りる――否、落ちるか、そのタイミングをはからなければいけないのだ。
もうすぐ下の道には“彼ら”が通りかかるはずだ。そう雑渡さんが言っていたのだから、間違いない。

「――だよねえ。まったく学園長ってば」
「毎回毎回、俺たちだもんなあ。御駄賃もらえるからいいけど、あへあへ!」
「もうきりちゃんったら……目、ゼニになってるよ」

楽しそうな声。そして子どもの姿が三つ。間違いない、“彼ら”だ。
私は木の上でバランスを取りながら、二三度身体を揺らして助走をつける。音を立てないように気をつけながら、足の裏に力を込めて思い切り木の枝を蹴った。
枝の軋む音や草の擦れる音が聞こえないように、精一杯の金切り声をあげながら私は落下していく。

「きゃああああああああああっ!?」

浮遊感、そして重力のままに落ちていく身体。彼らには直接当たらぬよう、でも自分も大怪我などしないように。それらに注意しながらもドサッという音をたてて、私は地面と衝突した。
彼らとの接触は無かったけれどその分自分の身体には大ダメージを受けてしまったようだ。右足は鈍い痛みと変な感覚がして、先に地面についた方の手もじくじくと鋭い痛みがある。どうもこちらに来てから、生傷が絶えない気がする。
なんだなんだと騒ぐ声を確認しながら、傷を刺激しないようにゆっくりと身体を起こす。すると目の前にはしっかりと彼らがいて、驚きながらもすぐ駆け寄ってきてくれた。

「おねえさん、大丈夫ですか!?」
「すごい音しましたよお」

突然落ちてきたということもあるだろうけど、見ず知らずの私にこうして声をかけてくれる子どもたち。雑渡さんが言うように、彼らは相当な“よい子”らしい。
それは忍者としては致命的な欠点であるとともに、私たちにとっての好都合な点だった。

「……う、うん、大丈夫。もう、なんなの一体……」
「あのー、おねえさん。今、上から落ちてきましたよね? 何してたんすか?」

目の前に立つ男の子のうちの一人が、こちらの顔を覗き込んできながら聞いてくる。おっかなびっくりなその様子も、今の状況を考えれば無理はないこと。突然、見るからに怪しい女が降ってきたんだから。
それでも声をかけてくれるんだからめっけもんだ。私はさも今この場所に降り立ったかのように、そう自分に言い聞かせながら口を開く。

「なに、ここ……どうして、こんなところ……」
「お、おねえさん?」
「うそ、だよね。ねえ、ここは東京じゃないの?」
「とー、きょー? そんな村、聞いたことないですけど……」

改めて思い知らされる“異世界”という有り得ない事態だったけど、そんな事実を突き付けられるのも二度目になれば感覚が慣れてしまうらしい。
心の中では冷静になっていても、それとは正反対に表面上では今にも泣いてしまうんじゃないか、というくらいに目元を下げる。

「そん、な……じゃあここは、どこなの……?」



お前は卑怯だと絶望が叫ぶ


二度目に突き付けられた現実には、大根演技をしていたって驚きも恐怖も微塵も感じられなかった。