まるで自分の口じゃないみたいだった。
子どもたちに聞かれるがまま、自分のいた世界のことを語るこの口が。
学校、仕事、国、技術……こことはまるで違う、全てが発展していた世界。ガスや電気も自動で配給されているわけなく、それの代わりに全てを人の手により熾さなくてはいけない。比べてしまえばここはなんて不便で、なんて狭く限られた世界なんだろうか。そして外に出ればそこには自由などない、人殺しが蔓延る世界だ。
色々なところから庇護を受けながら平和に生きていた、あそことは全く異なる場所にきたのが本当に遠い昔のことのように思う。

(なんで私、懐かしいなんて思ってるんだろう)

生まれ育った場所のことを話しているとふと懐かしむ自分がいるのに気付く。帰りたい、帰りたいと願い続けていたものが、いつの間にか故郷を懐かしむ気持ちになっていた。
はじめは嫌という程に地獄を味わい、この世界に絶望を抱いていた。けれど雑渡さんたちに助けられて、忍術学園に来て、それからはまるでぬるま湯の中に浸かるような生温い生活を送り続けている。その結果がこの郷愁だ。
私を怪しむ人がいて、当然だと思う。忍者というものはきっと私みたいな怪しい人間に気付き、排除することも仕事としているのだと、タソガレドキ城にいた時に教えてもらった。正にその通りで、この忍術学園にもその仕事を忍者の卵ながらに全うしようとする人も見受けられる。
でも怖いことに、それは限られた一部の生徒のみの行いだと気付いたのだ。下級生は私のことを怪しむどころかとても懐いてくれるし、上級生にも中にはこの作法委員会のように気軽に接してくれる人がいる。油断させているのが曲者としての役割をこなす私にとっては好都合なのか、不都合なのかは分からない。

(情報を掴みやすくなるのか、私が……忍術学園の中に溶け込んでしまうことが)

しかしそれ以上に怖いことは、この世界に順応しだしている自分も確かにいるというこだ。
私という異物を受け入れているこの学園が、世界が。まるで私を二度とあちらの世界に返すまいと言っているように見えてしまうから。そしてそれを受け入れて、忍術学園という世界に奥まで入り込んでいる自分がいるから。
一瞬にしてそうした思いが駆け巡り、本当に怖くなった。私、本当にここにいるべきなの?

さん!」
「!」

ハッとして声のした方を見れば、兵太夫君がいた。そうだ、私は今作法委員会の活動にお邪魔してたところだったんだ。

「これからも僕たちにさんの話、たくさんしてくださいね!」
「え?」
「こら兵太夫、無理言ってさんを困らせるなよ。すみませんさん」
「……浦風先輩だってほんとは来てほしいって思ってるくせに」
「へっ、兵太夫! デタラメ言うなっ!」

兵太夫君からの良いせぬ申し出に、間抜けな声が出てしまう。でもそれをかき消すかのように賑やかな声がその場に広がる。聞こえたのは、隣にいる綾部君くらいかもしれない。

「私もさんともっといたいです。また来てくれますか?」

丸く大きな瞳を向けられ、ドキリとした。まるで私の心を見透かすかのような、澄みきったそれでいてどこまでも純粋な視線。
また此処に来てぬるま湯に浸ることは、忍術学園に自分を埋めてしまう確実な一歩になる。

(それでも、私は――)

「……みんな、ありがとう。そう言ってくれることが、すごいうれしい」

自然と口に出た言葉は、毒じゃないかと思うくらい甘ったるい嘘。お願いだから、私をこれ以上受け入れないで。でもそんなことは言えるわけもなく、ただ私の言葉一つで喜色を見せる彼らに私は毒を吐いたのだ。なんてずるい女なんだろう、私は。

「……ん、綾部君?」

ふと我に返させたのは、隣に座る綾部君が身を寄せてきたからだ。どうしたのかという意を込めそちらを見やれば、暫くの無言の後彼は口を開く。

「どうしたの、綾部君」
「……こうしたいと思ったので、こうしました」

意味の分からない行動をすることは今に始まったことではなく、私は何も言うことなく彼のさせたいように身をゆだねた。するとまた他の子たちが騒ぎ立て、遂には先程席を立った立花君まで戻ってきて作法室は大変に賑やかになった。
私は綾部君にくっつかれながら、その様子をぼんやりと眺めていた。


また作法室に遊びに行くという約束を半ば無理矢理にさせられ、私は部屋に戻ってきた。
それから日課でもある、雑渡さん宛の手紙――報告書を書くための筆を執った。今日は一日どようなことがあったかや、塀周辺にある落とし穴や罠のこと、それだけ書いたところでふと手が止まる。
これは本当に、雑渡さんの為になるのだろうか。恩を返したい、無力ながらにそう乞うと、やれと言われたのがこの仕事だった。しかし果たして、本当に意味はあるのかと最近思うことがある。
生徒たちに受け入られはじめ、少しでも嬉しかったり楽しかったり、普通に生活している“異物”のはずの私が、ここにいることが、意味のあることなのかと。

(なぜですか。なぜ私はここにいるのですか。本当にここにいるべきなのですか)

一人で考えても考えても決して導かれることのない答え。この問いに答えてくれるような人は、決して返事のこない報告書の向こうにいる。



四季のある地獄


私はこんな場所に、いるべきじゃないのに。
ここは地獄だ、そう思うくらいに恵まれ始めている――ここは地獄だ。そう思わなくてはいけないのだ。(じゃないと私がかえれなくなる)