一番大好きな神話の授業が終わると、お昼休みが始まる。
クラスメイトたちは教室で食べたり、学食に行ったりと様々だけど、私は今日はお弁当を作ってきた。職員寮には小さな調理室があるので、私はたまにそこを借りてお弁当やお菓子を作ったりしている。いつも食堂や購買でお昼を買うとなると、食費が馬鹿にならないからだ。
だから今日はお弁当を持って、星月先生のところでお茶を頂きながら食べようと思ったのだ。
お弁当を片手に、散らかっているであろう保健室へと向かうため、廊下を進んでいく。しょうがないから先生の机の上を少し片づけて、その代わりに少しお昼寝をさせてもらおう、なんて考えながら。そう、考えながら歩いていたのがいけなかったのかもしれない。

「ぬははは〜! っ、うわぁっ!?」
「っ!」

廊下を曲がろうとした時、思い切り何かにぶつかってしまった。あまりの衝撃に、私は思わず尻もちをついてしまった。

「ご、ごめんなさいなのだ〜!」
「……だいじょうぶ、です」

差し出された大きな手を取って、私はゆっくりと立ち上がった。打ちつけたお尻がずきずきと痛んだ。
でもそれを露わにしないよう、平静を装った。男の子は眉をへの字に曲げ、とても申し訳なさそうにしている。もうこれ以上煩わせたくないし、関わらない方がいいだろう。

「あ、あと、あれ……」
「……あ、」

男の子がおそるおそると指さした方を見れば、私がさっきまで持っていたはずのお弁当が転がっていた。丸いお弁当箱は、巾着に包まれてても分かるくらい、いびつな形で地面に落ちていた。
見るからに崩れているお弁当箱は、拾い上げてみればそれが更にはっきりと分かってしまった。一生懸命作って、楽しみにしていたお弁当なのに。そう思うと、さすがに残念な気持ちを隠しきれず、今度は私が眉をひそめる番だった。

「……だいじょうぶです。じゃあ、私は」
「お昼、まだなのか?」
「……まぁ」
「なら、一緒に来るのだ!」
「へっ?」

大きな手でいきなり、弁当を持っていない方の腕を掴まれた。すると男の子は勢いよく走りだし、私はそれに引きずられるようになってしまう。私よりも身長がずっと大きい男の子とは歩幅が違うから、手を引かれているとは言えついていくのは大変だ。普段まったく運動らしい運動をしていない私には、とても辛い。はぁはぁと息を切らしながら男の子についていくと、ようやく男の子はある教室の前で立ち止まった。それもいきなりだったから、思わず男の子の背に顔をぶつけてしまい「うっ」と声が出てしまった。

「ここなのだー!」
「はぁ、ここって……?」
「おーい、ぬいぬーい!!」

私の質問に答えることなく、男の子は勢いよく扉を開けた。そして手を引かれるままに、私もその室内に入っていく。
中に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、広い中に置かれている大きな机とソファだった。普通の教室とは違うことは、すぐに分かった。
そして、大きなソファに誰かが寝転んでいるのも、普通の教室とは違っていた。

「あ? 翼……と、お前は」

むくり、と上半身だけを起こしてこちらを見てくる男の人。どこかで見たような銀色の髪に、着崩した制服。ネクタイの色は3年生のものをしているから、先輩なんだろう。そういえば、と思いまだ私の手を掴んでいる男の子の方を見ると、1年生のネクタイとしていた。今日はよくネクタイの色を確認するなぁ、と心の中でひとりごちた。

「さっきぶつかって、お弁当を落としちゃったのだ……だからぬいぬいのお昼をもらいに来た!」
「やるか! そういうことなら購買に行ってから来い!」
「お金持ってないのだ……」
「……はぁぁぁ、お前なぁ」

近くで賑やかなやりとりをされ、私は耳が痛かった。お昼はもういいから、とにかくここから早く出たかった。

「あの、お弁当のことはもういいんで、私はこれで」
「ええ〜? 一緒にお昼食べていかないのか?」
「……私は、他のところで食べるから」
「ぬぅ〜」
「まぁそう言うなって。こいつに代わって俺がメシ奢るから、ここで食べていったらいい」
「でもほんとに、」
「翼、茶くらい入れろよ!」
「ぬいぬいさー!」

いいって言ったのに二人は揃って聞かず仕舞で、この場所で食べていくことを強いられてしまった。
お弁当はぐちゃぐちゃになるし、保健室には行けないし、今日は踏んだり蹴ったりだ。ようやく解放された手も、さっきまで掴まれていたせいで少し痛いし。

「悪かったな。翼が。それと、弁当も」
「……別に、いいです」
「まぁゆっくりしていけ。――ようこそ、生徒会室へ」

すれ違いざまに頭に手を置かれ、男の人は外に出ていった。
なんだかいつの間にか、やっかいなところに連れ込まれてしまったようだ。