――パァンッ!
道場の澄んだ空気の中に響く、弓が的に当たる音は、私の耳に心地よく届いた。
春も、夏も、秋も、冬も、早朝に聞くこの音だけは、いつも変わることなく私の鼓膜を震わせるんだ。
ふわり、と頬を掠める風はほのかに桜の香りをのせ、道場の中に春の訪れを告げているようだった。
あの夏に、私が自分の気持ちをありのままに吐露した時から、季節が二つ過ぎていた。そしてまた新しく、ひとつの節目となる季節がやってこようとしていた。

あれから特に変わったことはなく、私はいつも通りに弓を引いていた。
ただ、少しだけ朝練を宮地君や金久保先輩とするようになり、少しだけ星月先生と話す時間が増えたり、少しだけ笑うようになっただけで、ほんの少しだけ学園生活が楽しいかもしれない、と思う瞬間が増えたりした。
たったそれだけのことだけど、私の中ではとても大きな変化であった。ここに来てから、誰かと話したいとか、何かをしたいとか、思うことなどほとんどなかったから。
そして、宮地君や金久保先輩と弓道をしていると、以前よりもずっと楽しく、真剣に弓道に取り組むことが出来るようになった。アドバイスをもらったり、負けたくないという気持ちからより一層集中出来るようになったと思う。この弓道の楽しさを教えてくれたのは、間違いなく二人のお陰だ。

――パァンッ!
今日二射目の矢も的に当たり、満足のいく結果となった。ふ、と自然と笑みも零れる。
そろそろ今日の朝練も切り上げて放課後の練習に備えようと、弓を置こうと振り返った。すると道場の入り口に誰かがいることに気付いた。驚き、慌ててそちらに目をやれば、宮地君でもない、金久保先輩でもない、それ以前に弓道部の誰でもない男の子が立っていた。

「……誰?」
「こんにちは。朝練ですか? 練習熱心なんですね」

そう言って男の子はにっこりと笑った。綺麗に切りそろえられた前髪と、長い襟足の髪型は特徴的と言えるだろう。ネクタイの色を見ると、どうやら一つ年下の学年の男の子のようだ。
しかし私はそんな男の子に構うことなく、黙々と道具を仕舞う。その間も、男の子はずっと黙ったままだ。そして仕舞い終わってもう一度そちらを見て目が合えば、またにっこりと笑った。なんなんだろう。

「……あの、もうここ閉めるから」
「ああ、朝練は終わりなんですね。分かりました。じゃあまた来ます」
「え?」
「それじゃあ、また」

またにっこりと笑顔を残し、男の子は行ってしまった。
なんだか、よく分からない子だった。ただ、うす暗い道場の中でも印象的だった、アメジスト色の瞳はとても綺麗だったな、とぼんやりと思いながら道場を後にした。