ぽん、ぽん、と一定のリズムで頭を優しく撫でられ、それが心地よくて堪らなかった。
けれどいつまでもこうしているわけにはいかない、私はやんわりと先輩の手を止め、距離を取った。

「……ほんとに、ごめんなさい」
「ふふ、謝らないで。それより、もう泣きやんだかな?」
「っ、はい……もう、だいじょうぶです」

言われてハッとし、慌てて目元を手で拭った。今の今まで先輩の前で泣き喚いていたこともふと思い出して、羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
けれど思い切り泣いたおかげか、頭も気持ちもすっきりとしている。先輩のおかげだろう。

「あんまり我慢しすぎちゃだめだよ? さんは無理しすぎてるみたいだから」
「き、気をつけます……」
「辛いことがあったら、僕で良かったらいつでも話を聞くからね。部長として、先輩として、ね」
「……先輩、ありがとうございます」

そう言えば、先輩はまた柔らかい笑顔を浮かべた。私にはもったいないくらい、優しい人だ。
学園に来てから、あまり感情を露呈することが出来なかった私だけど、ここで初めて笑いたい、と思った。先輩に感謝の気持ちとして、笑いたいと、そう思った。
たぶんぎこちない、笑顔とはとても言えそうにないぎこちない顔だったろうけど、それでも先輩はそんな私を見て、また笑みを深くした。

「じゃあそろそろ、宮地君も出て来ていいんじゃないかな?」
「……え?」

先輩の視線の先をたどると、そこにはいつの間にか宮地君の姿があった。

「なっ、んで」
「……すまない。立ち聞きするつもりではなかったのだが……」

まさか宮地君がいるとは思わず、あんなことをつらつらと、しかも泣き喚きながら言ってしまった。思いだして、全身の血の気が引くのと同時に、恥ずかしくなって顔が熱くなった。

「だが、。俺は弓道は一人でやるものではない、団体競技だと思っている」
「……うん」
「だから、お前がいないと……弓道は、出来ないと、思っている」
「……う、うん」
「だから、だから、その……」
「つまり、宮地君もさんが必要だって言ってるんだよ」
「えっ」
「なっ、部長!!」

どもる宮地君を余所に、金久保先輩はサラリと言いのけてみせた。それに対して宮地君は、普段見れないくらいに取り乱していた。なんだか新鮮な光景だな。

「……宮地君、ありがとう」
「……あぁ」

私は金久保先輩に向けた時と同じように、ぎこちないながらも精一杯の気持ちをこめて、笑ってみた。すると宮地君は少し顔を赤くし、そっぽを向いてしまった。もしかしたら、彼はかなりの照れ屋さんなのかもしれない。そう考えると、自然と小さい笑い声が漏れてしまった。

「わっ、笑うな!」
「あ……ごめん、つい」
「ふふ。じゃあそろそろさんは、保健室に行こうか」
「えっ? いえ、もう大丈夫です」
「でもまだ顔色が悪いし、」
「平気です……、」

そう言って金久保先輩の影から抜けた途端、容赦なく降り注いでくる太陽の光に目が眩んだ。
そしてそのまま、私の意識は闇に落ちていった。





ズキリ、と鈍い痛みが頭を襲う。そこから少しずつ、うっすらとだけれど目が覚めていくのを感じた。
ゆるゆると瞼を開けると、真っ白な天井が見えた。ここはどこだろう、と思いゆっくりと左右に目を動かすと、ここがカーテンに囲まれていて、私が寝ていることがぼんやりとした意識の中で確認出来た。

「お、起きたか」
「……星月、せんせ」
「熱中症で倒れたんだ。無理しすぎだ」

シャッ、とレールを滑る音がするのと同じくして、カーテンが開いた。そこから星月先生が顔をのぞかせ、そしてようやくここが保健室であることが分かった。
先生は私のベッドに腰掛けると、額に冷たいタオルを載せてくれた。思わず「冷た、」と声を漏らすと「気持ちいいだろう?」と先生が悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべる。いじわる。

「部活もほどほどに、ってことだ。朝練もしてたらしいな。無理な練習量は、身体に負担がかかるぞ」
「……はい」

額に載ったタオルがひんやりとして、気持ちいい。だからだろうか、いつもなら生意気に返事するところが、素直に返事を返していた。
先生もそれに気付いたみたいで、少しびっくりした顔でこちらを見ていた。「なんだ、今日はやけに素直だな」

「先生、今日……金久保先輩と、宮地君に、気持ちをぶつけたんです……」
「……ほぅ」
「……わたし、一人じゃなかった……」

あの時のことを思い出すと、我慢していないとまた涙が零れそうになる。
先輩が頭を撫でる手、優しい言葉と笑顔。そして宮地君の不器用なほどの優しさ。それらがじんわりと、胸に伝わってくる。

「……は、良い友達を持ったな」

そう言って先生が頭に手を乗せるものだから、私は耐え切れずぽろりと涙を零した。
こんなにも、世界は優しさで溢れているんだと、ようやく初めて気付いたんだ。

保健室では、風でカーテンが揺れる音と、蝉の鳴き声が夏を感じさせていた。