私がどんな状況に置かれようと、容赦なく降り注ぐ太陽の光はじりじりと全身を照らしていた。
暑さを感じているのに、まったく汗が出てこない。代わりに出てくるのは涙ばかりだ。
悔しさとか、悲しさとか、色んな感情がごちゃごちゃに混ざって、それが涙となってぽろぽろと溢れ出て来ている。まるで、今まで我慢してきた色々な感情が溢れ出てくるような。

さん、」

後ろからやんわりと名前を呼ばれ、私は慌てて涙を拭った。それでも急には涙は抑えられず、拭っている手の間からもなおも溢れ出てくる涙。

「……ごめんなさい、部長」

振りかえることが出来ないまま、私は震える声で謝罪した。
けれども、部長が追いかけて来てくれたことがほんの少し嬉しくて、胸が熱くなった。
そのまま私は振り返ることは出来ず、それを察してか後ろからは土を踏む音が近づいてくる。その音が止まると同時に、私の上には大きな影がかかった。すると、それまでじりじりと身体を照らしていた太陽の光が遮断され、少しだけ楽になった。
金久保先輩のさりげない優しさに、また少し胸がじんわりと温かくなった。

「どうして、謝るの?」
「っ、その、私……迷惑を、かけてしまって、」
「迷惑だなんて、誰も思っていないよ」

ぽん、と優しく頭上に降ってきた金久保先輩の手は、大きくて、暖かくて、それはゆるゆると頭を撫で始めた。

「だっ、て……宮地君が、」
「あれは、宮地君なりの優しさなんだよ。ちょっと言い方はきついかもしれないけど、あれくらい言わないとさんが止めないと思ったんだろうね」
「……」

頭を撫でる手と同じように、ゆっくりと優しく紡がれる言葉は、すんなりと私の頭に浸透していった。
宮地君がそんな風に思っていたとは、思いもしなかった。あくまで先輩の憶測ではあるけど、本人から聞くよりかずっと本当のことのように聞こえるから、不思議だ。

「……私、怖かったんです。あそこで止めてしまうと、弓を引けなくなるんじゃないか、って」
「そんなことは、」
「少しでも、あの弓道場にいないと、だめなんです。じゃないと……」

私の居場所が、なくなってしまうんじゃないかって、思うんです。
とても、とても小さい掠れた声で呟いた言葉は、近くにいる先輩にはしっかりと届いていただろう。それまで頭を撫でてくれていた手が、ぴたりと止まったのだ。

中学の時、友達に連れられて見に行った弓道の大会。そこで私は弓道に魅せられた。
高校に行っても弓道がやりたくて、でも星の勉強もしたくて、だからその両方が出来るこの星月学園という場所は、私にとってかけがえのない場所になった。
それは今でも変わらないのに、どうして私はこんなにも今が辛いんだろうか。――彼女、夜久さんがいたからだ。
彼女はとても魅力的だ。同姓の私から見てもそれは十分に伝わってくる。だから、彼女の周りにいつも人がたくさんいるのを見て、そうなるのは当たり前だと思うのと同時に、羨ましくも思った。
誰もが彼女のことを見ていた。魅せられていた。でもそんなの、私には関係ない、私には私の友人を作っていけばいいと、そう思っていた。

「いいなぁ、夜久。うちのクラスにいればなぁ」

とある日に、クラスメイトがぽつりとつぶやいた言葉は、今でも私の胸を深く抉る。
夜久さんが廊下を通ったのを見てざわめいた後、誰かが何気なく言ったものだった。その後すぐに「ばか、贅沢言うなって」とかなんとか言ってまたざわめきが戻ったんだ。
でも私はそれどころじゃなくて、クラスメイトの何気ない、冗談であろう言葉が、深く胸に刺さったのだ。
私が、夜久という人に、居場所を取られるんじゃないかって。

「そんなこと、ありえないって思ったのに、でも、みんな夜久さんのことばっかで……私が、同じ弓道部だからって、色々聞いてきたりして……辛くて、」

我ながら、なんて子供じみた理由だろうかと思う。そう、これは我儘で、駄々をこねているだけ。
夜久さんへの嫉妬や、羨望や、たくさんの感情が混ざって、そうして私はこんな風になってしまった。

「でも、気付いた時にはもう、周りには誰もいなくて……ただの、ひねくれ者に、なっちゃいました、はは……自業自得、ですね」

こんな私の汚い気持ちを聞いて、金久保先輩だって幻滅したに違いない。もう弓道部を辞めてくれ、とも言われてしまうかもしれない。そんなことになったら恐ろしくて堪らないのに、気持ちを吐露したいという気持ちの方が勝ってしまった。

「ごめんなさい、ごめんなさい……私がこんなだから、先輩にも、弓道部のみんなにも、迷惑かけてしまって、」
さん、ありがとう」
「……え?」

予想していたのとは真逆と言っていいくらいの先輩の言葉に、私は思わず振り返った。先輩は、柔和な笑みを浮かべていた。

「ずっと、辛かったよね。そしてその気持ちと向き合うのも、辛かったよね。なのに、こうして教えてくれて、ありがとう」
「……せん、ぱい」

ようやく止んだと思った涙は、またとめどなく溢れてきた。先輩からかけられる、ひとつひとつの優しさの分だけ、ぽろぽろと。
頭の上に置かれていた手は、またゆっくりと撫で始めた。それがまた堪らなく嬉しくて、小さく嗚咽を漏らしながら私は感情のままに身をゆだねた。

さんは、ちゃんと此処にいる。弓道部には、さんがいないといけないんだ。君の居場所は、君のいるところにちゃんとあるんだよ」

先輩の優しい声が鼓膜を震わせる。振ってくる言葉はすべて、私の心にじんわりと熱を伝えた。
ようやく初めて、私の気持ちを知ってもらえたことが嬉しくて、受け止めてもらえたことが嬉しくて、嬉しくて。やっと私のことを認めてもらえたんだと、思えたんだ。
(私は、誰かにこうやって認めてほしかったんだ)