ぐちゃぐちゃになってしまったお弁当を片手に、私は半ば無理矢理に生徒会室へと連れて来られた。 入ってみると、手前にはソファや大きなテーブルなどがあり、奥の方にはおそらく会長が座るのであろう机があった。一見すると普通の生徒会室のように思えたけど、ふと視線を右にやると部屋の一角に和室――というか、茶室があった。 なぜ生徒会室に茶室があるんだろう、と思っているとまた腕を引かれ、思考が途切れた。 「ここに座って待ってて欲しいのだ〜!」 「えっ、あ、ちょっと、」 腕を引かれ、私はそのままソファに座らされた。男の子は私を座らせたのち、出口ではないもう一つの扉の中へと入って行ってしまった。 見ず知らずの生徒を、生徒会室に一人きりにしておくなんて――この学園の生徒会は一体、どうなってるんだ。 「――おや、お客様ですか?」 一人きりになったのも束の間、また知らない人がやってきた。いや、あちらにしてみれば私の方が知らない人か。 彼は柔らかそうな桃色の髪を揺らしながら私が座っているソファの近くまで歩いてきた。首に締めているネクタイは、私と同じ学年だということを示す赤色だった。 「初めまして、ですね。僕は神話科の青空颯斗と申します。生徒会の副会長も務めています」 「あっ、副会長さん、でしたか……」 「ふふっ、いいんですよそんな畏まらなくても。僕のこれは、癖みたいなものなので気にしないでください」 そう言って彼――青空くんは、髪の毛と同じように、ふわっと優しく笑った。 「……、です」 もう2年もこの学園に在学しているというのに、生徒会の役員の顔と名前すら知らないことが恥ずかしくて、顔に熱が集まっていくのを感じだ。それを悟られないように俯いた。 「さんは、どうしてここに? 誰かに用事でも?」 「それは……」 「じゃじゃーーーーん!! 新発明のお茶汲みマシーンなのだーーっ!」 無理矢理連れてこられた、と口にしようとした時だった。扉の向こうへと姿を消していた男の子が、突然出てきたのだ。しかも、手に何かを持って、だ。 「ぬぬっ!? そ、そらそら……」 「翼君。その手に持っているものは、なんですか?」 「こ、これはぁ……そのぉ……」 先ほどとは一転し、元気なく口ごもる男の子と、笑顔が威圧的に感じられる青空くん。二人の間に微妙な、それでいて険悪な雰囲気が漂い始めたのは気のせいではないと思う。 完全なる部外者である私が口を挟むべきではないんだろうけど、どうにも居づらいこの中に居続けるのも気が引ける。どうしたらこの場から立ち去ることができるんだろうか、とまた一人で考え込もうとしたその瞬間だった。 「!さん、ふせてっ!」 「えっ」 ――ボンッ!! 突然のことで、頭も身体も追いつかなかった。 青空君が叫んで、そのあとすぐに何かが破裂するような音が聞こえて……今は、視界は真っ暗だ。 「……さん、大丈夫ですか?」 「あ、うん……大丈夫」 顔を上げれば、すぐそこに青空君の顔がある。どうやら、青空君が身を呈して破裂した何かから守ってくれたようだ。 「ゲホッ、ゲホッ……ぬぬぬ〜また失敗なのだぁ〜……」 「あ、キミ、大丈夫……?」 「ゲホッ……キミ、じゃなくて翼なのだぁ〜」 咳き込んでいる男の子に声をかければ、少し検討違いな答えが返ってきた。名前を聞いたわけではなかったのだけど、彼――翼君は、足元に転がっている破裂音の元であろうモノに「ぬぁあ〜お茶汲みマシーンがぁ〜」と涙を浮かべながら触れようとしていた。ついさっき新発明などと言いながら嬉々として持ってきたものが……こんな無残な姿になってしまうなんて。そもそもなぜ爆発してしまうのか……。 「翼君……あれほど言ったのに、また無理に発明品を作りましたね?」 「そらそら〜これは違うのだ、本当に上手くいって……」 「しかも関係ないさんまで巻き込んで……怪我をさせてしまうかもしれなかったんですよ? 分かってるんですか?」 「うっ! ご、ごめんちゃい……」 「それは僕に言うことではありませんよね」 「ううっ、」 泣きそうな、というかもう泣いている翼君と、それを恐ろしいくらいの威圧感で問い詰める青空君の姿には、先ほどに引き続き入り込める隙など毛頭感じられなかった。 そんな時に急に翼君がこちらを向いたのだから、私は内心ドキッとした。 「……ごめんなさい」 「えっ、いや……大丈夫だよ」 「本当に、申し訳ありません。翼君は発明をするのが趣味なのですが、こうやっていつも失敗ばかりしていて……だから普段は人前に絶対に発明品は出さないように、と念を押しているんです。なのに……」 「発明……」 言葉が途切れ、青空君はまた翼君へと目をやる。翼君はその目から逃れようとし、そして居心地がとても悪そうだ。 それにしても、こんな年から発明品を作っているなんて、まるで現代のエジソンのようである――破裂はしたものの、だ。それが素直に心から、凄いなぁと思った。 「……翼、君? 発明品作ってるなんて、凄いね」 「――へ?」 「今度は、破裂しないように……わっ」 思わず口から零れた本音に自分でも驚いていると、突然の圧迫感。まるで包み込まれるかのように、私は翼君から思い切り抱きしめられた。ちょっと、いや、かなり、苦しい。 「ちょっ、あの……!?」 「翼君は発明をして怒られることはあっても、褒められることは滅多にありませんから……嬉しいんでしょうね」 「そ、そうなんだ」 確かに破裂ばかりされても困るし、それなりに怒られることもあるだろう。けれど私は、純粋に凄いという感想しか出てこなかった。自分には決して出来ることではないし。 「でも翼君、いきなり女性に抱きつくのはいけませんよ。さんが苦しそうですよ?」 「ぬぁ〜! 何するのだそらそら!」 青空君はそう言って私から翼君を引き離してくれた。いや、引き?がしたと言ってもいいくらい勢いがあった。そうされてもなお、翼君は私のそばから離れたくはないようで、抵抗を続けている。 異性に抱きしめられるなんて初めてだし、苦しかったから助かった。青空君に心の中で感謝した。 「お、なんだか賑やかじゃねーか」 「会長。会長からも翼君に注意してください」 「ぬぬぬ〜そらそら離すのだ〜!」 翼君と青空君に挟まれながら離せ離さないなどという言い合いを聞いている時、また扉が開いた。入ってきたのは、私を生徒会室へと招き入れた人だった。 とてもじゃないけど、お昼にありつけるどころか、ここから出ることすら遠のいていくように感じた。まだまだ生徒会室での喧騒は続きそうだ。 |