色とりどりの明かりに、人を呼び込むたくさんの声。夜になればなるほど活気付いていく、祭りの出店は今日も賑やかだ。
そういうのは、祭りの一興として楽しむ分には大変にいいと思う。こういった雰囲気の中でしか味わえない、独特の美味しさもあるんだろうし、物珍しいものも沢山あって舌にも目にも嬉しい。
しかし、それはあくまで一興としての話だ。だから私は今、食べるために祭りにきた、としか言いようのないくらい食べ物の出店のみを回り歩く男が――しかもしれが自分の彼氏であることに、大いに驚いていた。

「うまいな、!」
「……そうだね、美味しいね」

私たちが今口にしているのは、チョコバナナ。チョコとバナナの絶妙な組み合わせは私も大好きだから、言われるがままに買ったけれど……ハチはその前に、たこ焼きやらカキ氷やらを食べたのだから呆れてしまう。少し食べすぎな気もするけど、本人が幸せそうに食べるのだから何も言えない。
少しは食べるのをやめて、周りの雰囲気を楽しんだり、食べ物以外の出店に目を向けたっていいのに。思うだけに留まったのは、当の本人がこんなに楽しんで食べているのならば、私が下手に言っても聞く耳持たないことは予想出来たからだ。

はまだチョコバナナだけだろ? いいのか?」
「うん。これ美味しいし」
「……そうだな、うまいもんな!」

そう言ってまたハチはチョコバナナをほおばる。このペースだと次の出店に行くのも時間の問題かもしれないな。
お互い折角の浴衣姿なのに、それも関係なしにして出店を梯子するところが、彼の良い所でもあり私としては少し悲しい所でもある。

(……ああ、でも)

ああやって無邪気に、それはもう美味しそうに食べる彼を見ていると、そんなことすら本当にどうでもよくなってしまうから不思議だ。
出店のおじさん達と仲良く会話をしているところも、また彼の人柄の良さが滲み出ているからなんだろう。ハチは私にないものを沢山もっている、だからこんなにも眩しく見える。

「おーい! 、こっちこっち!」

無意識に目だけで姿を追っているうちに、私たちの距離は結構離れてしまっていた。
手招きをされたから、慌ててハチのいる方へと走っていく。そこはやっぱりというか、知っていたけれど、出店の前だった。

も食べるか? 焼きそば!」
「えっ、焼きそば……?」
「うまそうだろ?」
「……あっ、うん、そうだけどー……」

目の前で音を立てながら焼いている焼きそばは、それはもう美味しそうだ。チョコバナナがまだ残っているけれど、その様子を見ると自然とお腹が空腹を訴えてきそうになる。
これが学食で、制服で、だったらまた返事も違ってきたんじゃないかと思う。しかし今私は浴衣で、しかも一応好きな人が近くにいるわけである。
美味しそうな焼きそばにはたっぷりのソースと、たっぷりの青のりがかかっている。もし下手な食べ方をしてしまえば、口の端にソースがついてしまったり、歯に青のりがついてしまう可能性は大いに考えられた。
いくら寛大なハチだって、口の周りが汚かったり歯に青のりがついた女となんて、歩きたくないに決まっている。というかその前にまず私が嫌だ!
食べたいという気持ちは山々ではあるけれど、ここは大人しくチョコバナナで我慢しておこう。ちなみにこれにもチョコというものがついているから、私は細心の注意を払い小さく一口ずつ頬張っている。こんなにも注意して食べているんだ、口の端にチョコがついているなんてことは無いと願いたい。

「まだチョコバナナあるから、いいや」
「え、本当にいいのか?」
「うん。ハチが食べたい分だけ、食べて?」
「……じゃあおっちゃん、焼きそば一つね!」
「あいよっ!」

薦めてくれたのは嬉しいけれど、不恰好な姿を見せるくらいなら食べない方がマシだ。
頼んでから少しして、ハチが出来立ての焼きそばを受け取ると「行くか」と言って歩き始め、私はそれに着いて行く。

「あ、ちょっとハチ、焼きそばくらいは止まって食べようよ!」
「ん?」

歩きながらもう焼きそばを口に運んでいるのを見て、私は慌てて言っていた。まさかもう次の出店の品定めでもしながら、とか考えてはいないよねと少し不安になりつつ、ハチの浴衣の裾を引っ張り隅の方へと誘導した。こんな人混みの中で、もしこぼしたりして他人の服に汚れでもついてしまえば、お祭りの楽しみが一気にパアだ。私の意図に気付いて、ハチも大人しく浴衣を引っ張られていた。
ちょうど焼きそばの出店の横にスペースがあったから、ひとまずそこで食べることになった。私はチョコバナナを、ハチは焼きそばを。
食べながら、ちらりと隣に視線をやれば、これまた美味しそうに焼きそばを食べるハチがいた。でも食べ方がいけないのか、案の定彼の口の周りにはソースや青のりがついているのが見える。

「ハチ、ちょっと食べるのストップ!」
「なんだ!?」
「じっとしててってば」

やれやれと呆れつつも、取り出したハンカチで口の周りをぐいぐいと拭いてやる。ハチは何をされるかと一瞬身構えたみたいだけど、意図が分かるとじっと大人しくなった。なんだか犬のようだ。

「もう、口の周りがソースと青のりだらけだよ。もうちょっと気をつけて食べた方がいいよ?」
「はは、ありがとな」

綺麗になったのを確認して、ハンカチを仕舞い込む。こういうことには本当に無頓着だなあ、と思うと少しおかしくて笑ってしまった。

「ん? 何で笑ってんだ?」
「えー、ちょっとね。なんでハチは、そんな風に美味しそうに食べてるのかなあって思って」

言うのは失礼かなと思い、無難な疑問を口にすればそれにハチはきょとんとしてから大きく笑った。何故笑うのか、というような視線を向けれると、それに気づいて彼は口を開いてこれまた大きな声で言った。

がいるから、どれもうまいんだよ!」
「ばっ……!?」

何を言うかと思えば、こっ恥ずかしい台詞をさらりとこの男、しかも大声で言いやがった!
沢山の人で賑わっているものの、その声は近くを通りかかった人々には丸聞こえだったらしい。こちらを見ては笑ったり冷やかしてきたりと、私はかなり恥ずかしかった。

「兄ちゃん熱いねー! ひゅーひゅーってか!」
「んなっ!?」
「ちょっとおっちゃん、人並んでるよ!」

加えて先ほど焼きそばを買った店から、わざわざおじさんが顔を出して古い野次まで飛ばしてきた。ハチが店の方へと促さなければ、もしかしたら汚い言葉の一つくらい言ってしまったかもしれない。

「……?」
「もー! 馬鹿ハチ!!」
「いてっ! なんだよ!」

自分がどれだけ恥ずかしい台詞を言ったか、それすら自覚のないハチに私は行き場のない羞恥を、拳に込めて彼へと向けた。鈍感にもほどがあるよ!!

「俺なんかした? えーっと……ほら、焼きそばうまいぞ。食べるか?」
「…………」

機嫌の悪さは流石に感じ取ったのか、手に持った焼きそばを取って薦めてくる。なんなんだよもう、理不尽な八つ当たりしても、なんでそんなに優しくするの!
自分の馬鹿さ加減に呆れ、彼の鈍感さと優しさに呆れ、何がどうであろうと、もうどうでもよくなった。
箸で掬われた麺にかぶりつき、皿に残っていた焼きそばの約半分を奪った。ソースや青のりのことも気にせず、私は口に含んだ大量の麺を急いで噛み砕いて飲み込んだ。うん、美味しい。

「うまいか?」
「……当たり前でしょ! ほらハチ、次行くよっ!」
「! おう!」

ハチがいるから美味しいに決まってる、なんて。同じような恥ずかしい台詞、今の私に言えるわけないでしょう。
途中まで食べていたチョコバナナもすぐに腹に収めると、ハチを待たず私はスペースから出た。赤く火照った頬をなんとか隠しながら、私は人ごみの中を突き進んでいき、次に食べるべくものを品定めする。

「かき氷と、その次は焼きとうもろこしね」
「おま、結構食べるな」
「ハチにだけは言われたくないし! あと全部ハチの奢りだから」
「はぁっ!? ちょ、聞いてねーよ!」
「今言ったじゃん!」

騒ぎながら次から次へと出店で買い物を続ける私たちカップルが、出店主たちの間で有名になっていたことなど……知りたくなんて、なかった。