これほどまでに、委員会活動を楽しみにしている忍たまやくのたまが他にいるだろうか。恐らく答えは否、だ。 私は掃除を友達に強引に押し付けて、全速力の早歩きで忍たま長屋の方へと歩いていた。すれ違う忍たまたちが私の姿を見るなり、道を開けてくれるのはありがたい。(例えどんな理由であってもね!) 目指す場所はただひとつ、我らが作法委員会の活動場所である作法室だ。 作法室の前までやってくると、障子の向こうから人のいる気配がする。私が掃除をサボったのにも関わらず、いの一番にクラスの掃除が終わり此処まで直行してくる真面目ないい子は……一人しか、検討がつかない。 自分でも分かるくらいにニヤニヤとしている顔を、両頬を思い切り抓って元に戻す。これで大丈夫。またすぐににやけちゃうんだろうけど、第一印象というのは大切だ。 あくまで自然に、何気ない感じに障子に手を掛けて、静かに開ける。すると、作法室独特の心地良い香の薫りが鼻をくすぐる。そして、私が入ってきたのに気づいて振り向く、一人の後輩の姿も目に入った。 「あ、せんぱ……」 元に戻した顔なんて、ほんの数秒で崩れてしまった。 「伝七いいいぃぃぃいいっ!!!」 「うわあぁっ!?」 くりっとした大きな瞳に、私の姿が映りこんだ瞬間。それこそ瞬間移動の如く、伝七の元へと行きそこで思い切り抱きついた。 逃げられないように左手でがっしりと肩を掴み、右手では頭をなでなでする。頭巾越しなのがもどかしい、あのサラサラの髪を撫でるのも楽しみの一つであるというのに。 急に抱きついたせいで、伝七の心臓が煩いくらいに鼓動しているのが密着状態にある今、手に取るように分かる。恥ずかしいのか顔も真っ赤にしちゃって、少しだけ抵抗してくるところとかほんとに、可愛すぎる。 「あああああもうっ、可愛い!! 弟がいたらこんな感じなのかな……」 「ちょっ、あの、先輩!」 「ん? なあに?」 「はっ、はなし……離してくださいっ! どうしていつも急に抱きついてくるんですか……!」 至近距離といえど、小さい伝七を抱え込むようにしているから、自然とこちらを見る時には上目遣いになるわけで。 これで離してと言われても、説得力のせの字も見つけられない。いや寧ろ見ない。 「それはね……私が伝七を好きで好きでたまらないからよー!」 「答えになってませんー!!」 やいやいとなんとか私の腕から抜け出そうとするも、その抵抗はまだまだ小さなもの。まだ抱きつかれて嫌、というよりは困っているみたいだから、もう少しだけこのままでいても伝七ならきっと許してくれるだろう。 勝手な自己解釈をして、あと少しあと少しと思いながらも抱きしめる力を緩めることはしなかった。 「あー! 先輩何してるんですかー?」 「兵太夫っ!」 そこへ作法委員会きってのからくり好き、兵太夫が入ってきた。私が伝七に抱きついているのを見ても、大して驚かず問いかけてくるだけ。それだけ見慣れた光景になりつつあるのだろうか、ちょっと控えたほうがいいのかな。 「兵太夫も一緒に、ぎゅう〜って、する?」 「いいんですかっ!?」 「!?」 「おいでー!」 伝七が真面目ないい子なのに対し、兵太夫は素直ないい子だ。 こちらの方へと寄ってきたから、私は頭を撫でていた右手で兵太夫を抱き込むようにして輪に取り込んだ。「あったかーい!」とはしゃぐ兵太夫は全く嫌がる様子もなく、逆に私の身体にその小さな腕を回してくれた。 左に伝七、右に兵太夫。作法委員の可愛い可愛い1年生を、私がこんなにも独り占めしてもいいのだろうか。いや、普段中々会えない分これくらいどうってことないだろう! 伝七が疲れたのか諦めたのか、あまり抵抗してこないのを良しとし、私は二人の間に顔を埋めるようにして割り込んだ。 「あとで用具委員会に……って、ええええっ!?」 「おやまあ」 途端に、次は一気に二人もやって来た。その声に反応して、名残惜しくも埋めていた顔をバッと戻し、入り口の方と向きなおす。 そこに立っていたのは三年生の藤内と、四年生の喜八郎だ。どちらも久しぶりに会うものだから、思わず突然お願いを口にしてしまった。 「藤内、喜八郎っ!」 「は、はい……?」 「なんでしょう」 「一緒にぎゅうって、しよう!!」 そう言えば、藤内は少し青い顔で焦っている様子。なんだ恥ずかしいのかな、此処には作法委員しかいないからそんなこと気にしなくてもいいのに! おいでおいでと念じていれば、喜八郎が藤内の手を取り、こちらへと歩み寄ってくる。そして藤内と一緒になって、私の後ろから抱き着いてきた。 「! 喜八郎……!」 「私も先輩とぎゅう、ってしたいです。伝七と兵太夫だけなんてズルイです」 「ちょっ、綾部先輩、何をっ」 「藤内だって混ざりたかったんでしょう? これでみんなでぎゅう、できるよ」 「それはっ……!」 喜八郎の言ったことが図星なのか、横目で見る限りでは藤内の顔は真っ赤になっている。嫉妬してくれた喜八郎も、恥ずかしがってる藤内も、私の可愛くて大好きな後輩よ! 抱きしめたいのに、後ろにいるからそれが叶わず思わず心の中で舌打ちする。けれど喜八郎が首に腕を回してくれてたり、藤内が控えめに私の腰の方に手をやっているから、今はこれで満足しよう。 左に伝七、右に兵太夫、後ろには藤内と喜八郎。後輩に挟まれている形でこんな密着状態にある今が、今日っという日を待っていた私へのご褒美なんだろうって思った。委員会でもないと、この大好きな後輩達と一斉に会えることなどないのだから。 後輩達のことは本当に大好きだ、好きすぎて愛情表現が異常とか言いやがる変態名人がいるくらい。(この愛情表現は正常だ) けれど私が愛するこの作法委員会には、偉大なる委員長である先輩が一人いる。私だけではない、ここにいるみんなが大好きな―― 「……お前たち、何をしているんだ?」 「っ、立花せんぱああいっ!!」 「こんにちは、立花先輩」 「こ、こんにちは……っ!」 男の人とは思えないくらい綺麗な顔立ちと、これも女顔負けのサラサラの綺麗な長い髪を靡かせて、作法委員会委員長の立花先輩が立っていた。 私は今日一番の胸の高鳴りを覚え、先輩を見た途端柄にも無い乙女な声でその名を叫んでいた。 「みんなで、ぎゅうってしてるんですよっ」 「立花先輩も一緒にしましょうよ、ぎゅう」 「せ、せんぱい……」 「あったかーいですよー!」 楽しそうにはしゃいでいる兵太夫とは反対に、隣にいる伝七は少し疲れた様子で立花先輩を見ている。流石に伝七には無理させすぎてしまったかもしれない、ちょっと反省。 「……またお前は。少しは自分が女ということを自覚したらどうだ?」 「え、なんでですか?」 「いくら年下と言えど、無闇に異性に抱きつくのはいただけないぞ」 「だってみんなが可愛くて、大好きだから仕方ないんですよ?」 はぁ、と小さく溜息をつきながらそう言う立花先輩。異性とか、そういうことの前に、私は抱きつきたいとかという衝動に駆られるまま行動してしまうのだ。これは本当に仕方ないんです、先輩。 私の言ったことがやっぱり納得出来ないのか、もう一つ溜息。ああ、このままでは大好きな大好きな立花先輩とのぎゅうが叶わない。 ふと後ろにいる喜八郎へと目をやると、パチッと目が合った。お互いに、考えていることは一緒のようだ。 「……っ、せんぱーいっ!!」 「んなっ!?」 一斉に手を離して、私と喜八郎が立花先輩の方へと抱きついた。突然のことで反応しきれず、先輩は私達にされるがままに畳の上に尻餅をついてしまった。 「お前たち、急に何をっ」 「ごめんなさい先輩、でも私ずっとみんなに会えなくて……寂しかったんです」 「…………」 先輩の細い身体に手を回し、一際強く抱きしめる。抱きついたのは単なる衝動に過ぎないけれど、会えなくて寂しかったのは本当だ。 廊下や食堂で時々姿を見つけても、それぞれ友だちといるから無闇に邪魔するわけにもいかない。自然と、こうして仲良くできるのは委員会の時に限られてくる。だから私は、この委員会の日が楽しみで仕方なかったのだ。 「先輩、僕も寂しかったですー!」 「兵太夫……」 「よしよし」 「喜八郎もっ……」 取り残してしまった兵太夫が、今度は自分から抱きついてきてくれた。慰める意もあるのか、喜八郎も頭を撫でてくれた。 慌てて先輩の方へと顔をやれば、そこには少しだけ呆れたような、けれど優しく笑ってくれてる先輩がいた。そうして今度は、先輩が私の頭を撫でてくれた。――ああ、私は今とても、幸せです。 「うわあああっ! みんなが好きいいぃぃっ!!」 「気が済んだら離すんだぞ」 「先輩、私も撫でてください」 「僕もー!」 先輩からの手を甘受しようと、私に続いて喜八郎と兵太夫もおねだりを始めた。撫でられれば、それはもう気持ち良さそうに目を細めるものだから、可愛いくて仕方ない。 「……っ、せんぱーい!!」 「わっ、伝七」 「別に、寂しかったわけじゃないです、けど!」 恥ずかしがっていたはずの伝七も、私達の仲良しな様子を見て羨ましく思ったのか、兵太夫の後ろから抱きつく形でやってきた。そうして立花先輩からの手を甘受すれば、頬をほんのりと染めている。 そんな後輩を見て、頬のゆるまない人なんて絶対にいない。立花先輩だって本当に優しく微笑みながら、その綺麗な手で撫でているから。 私は許されるだけ先輩や後輩に甘え、手の力を緩めることは無かった。それは喜八郎や兵太夫、伝七も同じ様だ。 「……あの〜、そろそろ委員会始めないと時間が……」 まるで猫のように、立花先輩の胸元にごろごろと擦り寄っているところで、唯一私達に混ざっていない藤内が呟いた。 それを聞いて「そうだな」と上から声が聞こえ、最後に一つ頭を撫でられてから先輩は身体を離した。先輩が終わりと判断したのならこれで終わり、私も大人しく手を離してみんなもそれに続いた。名残惜しい気持ちはあるものの、今日は大事な委員会なのだから私の我が侭で邪魔するわけにはいかない。 藤内も私達がやめたのを見てほっとしているみたいだから、大分迷惑かけちゃったなあと少しだけ後悔した。いつもごめんね、藤内。 「今日の委員会では、明後日に控えた予算会議で会計委員会……いや、あの文次郎からどうやって予算をもぎ取るかについて、作戦を練るぞ」 「からくりですかっ!?」 「穴掘りますか?」 「フィギュアですか!?」 「お色気、いきますか?」 「それだけはやめなさい。あいつにお前の色を当てるなど、命を粗末にすることと同じだ」 立花先輩に言われればなんでもしますよ!という意気込みを見せたかったけれど、逆に心配してくれたようで不覚にもきゅんとしてしまった。先輩、なんて優しいの……! 「今回は徹底的に奴らを屈服させてやるからな。作法委員の名にかけて、盛大な罠を仕掛けるぞ!!」 「「「おー!!」」」 「……大丈夫かな、会計員会」 打倒・会計委員会を掲げている作法室の中では、作法の良心である藤内のみが相手方の心配をしていたのだった。 ◇ 「それでは今日の委員会はこれで終了する。明日にはすぐ仕掛けにかかるから、準備を怠らぬようにな」 予算会議に向けての準備や作戦について説明が終わると、仙蔵から終了の声がかかった。今日の委員会はいつもよりも時間がかかり、すでに夜は深くなっている。 「ね、藤内」 「あ、はい。なんですか?」 それぞれが挨拶をして作法室を後にする中、が藤内の手を掴み引き止めた。何か言い忘れたことでもあったのだろうか、と不思議そうにを見る藤内。そんな彼の頭に、は優しく手を置いて何度か撫でた。 「っ!? へ、あの」 「委員会の前、藤内だけ撫でてもらえないのはなんだか嫌だったから。立花先輩じゃなくてごめんね」 「そ、そんなことっ……」 一瞬何をされているか分からず驚いたが、の言葉を聞き何度か撫でられるうちに、徐々に俯く藤内。顔は見えずとも、頭巾と髪の間から見える耳が赤いのを、は見逃さなかった。 本当はあの輪に混ざりたいと思っていたことを言い当てられ、しかも不意に頭を撫でられたことで彼は恥ずかしさや緊張や嬉しさで大変なことになっていた。 そんな藤内を見て微笑ましいなあ、と思いつつまた一つ頭を撫でてからはその手を離した。 「おやすみ、藤内。明後日の予算会議、がんばろうねっ!」 「……っ、あ! はいっ、おやすみなさい……!」 軽い足取りで作法室を後にすると、そこに残ったのは藤内のみ。誰もいない作法室で、藤内は顔の熱が引かぬのを感じながら、に撫でられた頭へと自分の手で触れていた。 「あっ」 「ご苦労だったな、」 くのたま長屋へと帰ろうとしたところ、壁に身体を預けながら立つ仙蔵と出会った。会ったというよりは、待っていたところにやってきたという方が正しいだろう。 「藤内のことですか?」 「ちゃんと見ていたのだな」 「……先輩ですから、藤内の」 長屋へと続く廊下を歩きながら、二人の声が静かに響く。仙蔵の言葉からは、作法室でのことが聞かれていたのが分かる。 盗み聞きされたなど毛頭も思わず、寧ろは自分と同じ、いやそれ以上に藤内の心情を分かっていた仙蔵を見て頬を緩めた。 するとそんなを見てまた、仙蔵も口元に笑みを浮かべながらその頭に手を乗せた。 「それでこそ、私が誇る作法委員会のくのたまだ」 仙蔵にそう言われることが、にとっての何よりの幸せだった。くのたま長屋へ着くまでの間、幸せの時間が静かに流れていた。 (作法も仲良しだろうなあ、っていう妄想の産物。仙蔵は一番後輩愛してる。後輩好きすぎて死んじゃう!) |