友だちと恋人の違いってなに。 誰かがふと呟いた質問に、その場にいた私を含める女友だちは全員何言ってんだこいつ、と思ったに違いない。しかしそこから話は広がり、いつの間にか焦点が私に向けられた。 「あんた、食満と付き合ってんじゃないの?」 まさか。そう答えた時のみんなの反応は、学園理事長の変な思いつきを聞いた時と同じような顔だった。 男女間の友情は成立するのか、と聞かれれば私は「イエス」と答えよう。 中高一貫教育のこの大川学園で約6年間時間を共にしてきた、親友とも悪友とも呼べる男たちがいるからだ。文次郎、仙蔵、小平太、長次、伊作、留三郎。みんなで遊んだり、喧嘩したり、仲直りして遊んだり、色々なことを一緒にしてきた。 その中でもずっと同じクラスだった伊作と留三郎とは、特に長く付き合っているように感じる。そんな二人のことも、私は「友だち」「親友」としか思ってない。決して女友だちがはやし立てるような“そういう”関係ではないのである。 と、いう風に改めて説明したところ女友だち曰く「あんたたちがしてることはカップルがすることだ」とみなが口を揃えて言う。まずカップル――世間一般でいう恋人たちが何をするのか、私にはよく分からない。 「だって、この前食満と飲み物回し飲みしてたじゃん!」と友人Aは言う。 ◇ 「あ、留三郎いいの持ってんじゃん」 「おー。さっきコンビニまで行ったらちょうど品出ししててよ」 伊作と一緒に購買から戻ると、一足早くパンにかじり付きながら留三郎が手にしているものに目がいった。 椅子をガタガタと移動させながら私はそれにいいなーいいなーと連呼し続ける。コンビニのみで限定販売されている、季節ものの炭酸飲料だ。前にパッションフルーツ味が出てから、次の味がいつ発売かずっと発表されていなかったというのに。 「と留三郎って、そういうの好きだよね。新発売に惹かれるっていうか」 「だって新しいものは一回くらい試してみたいじゃん! ねえ留三郎?」 「おう! たとえそれがゲテモノ味だろうがなんだろうが挑戦すんのが日本人の性ってもんだろ」 「ふーん。まあ僕は炭酸苦手だから興味ないけど」 「炭酸苦手とかおまえ、絶対人生7割は損してる」 「不運の3割も加わって人生大損だね」 「そこまで!? っていうかのは余計なお世話だよ!」 「ねえ留三郎、それ何味?」 「ベリーベリー。飲むか?」 キャップを取ってから差し出されたペットボトルの口からは、ほんのりと苺のような甘い匂いがした。苺とはっきりと言えないのは、他にもブル―ベリーだとかなんとかベリーが入ってるからなんだろう。 「うん、ありがとう」とお礼を言ってからそのまま口をつけて少しだけ飲み込んだ。程良い炭酸の刺激と酸味のある甘みが喉を通り、炭酸には肥えた舌が喜んでいるように感じる。 「すっごいおいしい!」 「だろ? 前のパッションフルーツも中々だったけどうめえよな」 そう言いながら留三郎も私から受け取ったペットボトルに口をつけ、喉仏を鳴らす。おお、いい飲みっぷり。 「っはー!! うめえ!」 「留三郎、親父臭い」 「うっせ」 「ていうか君たち、もう高校生なんだから少しくらい恥じらい持てば?」 「何のことだ伊作」 「留三郎の親父臭さは今に始まったことじゃないよ」 「……そういうことじゃなくて」 伊作が意味分からないことを言うのはいつものことだと気にしないことにする。 留三郎があまりにいい飲みっぷりだから、それからも何度かちょうだいと強請りさっきと同じように口をつけた。その度に隣から聞こえる溜め息など気にもせず、私たちは存分にベリーベリー味を堪能したのだ。 ◇ 「新商品を少し分けてくれただけ」 そう言っても、友人Aをはじめとしたみんなはそれが普通ではないと首を振る。ペットボトルの回し飲みなどみんなともよくするだろう、と言えど、なんでも「女子とするのと男子とするのでは全くちがう」「拭かないでそんなことするのは間接キスだよ!」らしい。 じゃあみんなとも間接キスだね、なんて当たり前のことを言ったはずなのに全員から溜め息。わけわかんない。 「ていうか私、朝にが食満の家から出てきたっていう話を聞いたんだけど……」「まさか泊まったの!?」と友人BとCが焦ったように言う。 ◇ 人気RPGの最新作が発売となれば、駆けつけないわけがない。私と留三郎と、荷物見張り係として無理矢理連れてきた伊作とで、早朝からゲーム店に並んだのはいい思い出。 その甲斐もあって目当てのゲームを手にすることは出来た――のだけど。いざプレイしてみるなり、なんという難しさ。前作と比べて私は苦戦を強いられていた。 それを留三郎に相談したところ「はレベル上げをサボるから駄目なんだ」と指摘を受けた。だって早くステージボスを倒してレアアイテムを手にすれば、簡単に強くなれるじゃん。その持論が通じないから壁にぶち当たっているわけだけど。 「今うち家に誰もいねえから、徹夜でやっぞ」 既にゲームを何周かクリアしている留三郎に誘われ、私は自分のセーブデータを手に彼の家にお邪魔してレベル上げをお願いしたのだ。 部屋にコンビニで買った飲食物をたんと持ちこみ、ゲーム機の電源を入れる。それからは時間を忘れ、無我夢中でレベル上げからボス戦までを徐々にこなしていった。 「あっ、おい! ほらボスの正体が」 「……んー」 「……?」 「ボ、ス……ナー、ス……」 「おーい。寝るならベッドで」 「……」 「……ったく、しょうがねえな」 遂にボス戦まできて、最後の敵の正体も明らかになる! というところで、私はいつの間にか睡魔に負けていたらしく。だんだんにゲーム画面が小さくなる視界に疑問を持つ間もなく、眠気に身を委ねた。脳内では絶賛ボス戦だった私に、留三郎の声は届かない。 そして次に目を覚ましたのは、カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいるような時だった。テレビに映るゲーム画面はクリアした後なんだろう、スタート時の画面のまま。ちゃんと最後まで、しかも一人でやってくれたんだと思い、隣で眠る留三郎に「ありがとう」と言う。 いつの間にか掛けられている毛布も彼のおかげか、と納得すると私は彼の肩に頭をのせてからそのまま二回目の眠りについた。 案の定、次の日は遅刻ギリギリだった。 ◇ 「なんもしねえのかよ!」「チェリー! あいつチェリーボーイだよ!」「根性無し! そこは手出すべきとこだろう!」 一連の話を終えれば次の反応はこうだ。留三郎が散々な言われようであることだけは分かる。 泊まったのには泊まったけど、実際私たちがしていたのはゲーム。なにも恥ずかしいことなんてない。 「そ、それで……他に食満と何かしたりするの?」 「何って、別に。ご飯一緒に食べて、カラオケ行って、たまにゲームしたまま泊まって……今言ったとおりだよ。これに伊作とか文次郎たちが混ざったりするけど」 どれもみんなとしたこともあるでしょ? そういう意味も込めて聞き返したのに、反応は私が期待したようなものではなかった。 「恋人同士にしか聞こえないわね」 「もういっそのこと付き合っちゃえばいいのに」 「いやでも食満はそろそろ限界なんじゃ、むぐっ!!」 「黙れ!」 「?」 何かを言いかけた時、慌てたようにその子の口を塞ぐ友人とむごむごとまだ何か言いたげな子。まどろっこしいそれに、一体なんなのかと気になって仕方ない調子で聞こうと口を開きかける。 「お、まだいたのか。、帰らねえか?」 すると丁度よく、留三郎が姿を見せた。今日は委員会だと言っていたから、暮れ時の今になってようやく終わったんだろう。 いつも一緒に帰るわけではないけど、たまたま私が教室にいたから誘ったにすぎない。だからみんなが騒ぐようなもんじゃないと、何回も言っているのに懲りない彼女らは大きな声でひそひそ話をしている。 「! 迎えが来たよ、ほら帰んな!」 「え、でもまだ話が」 「今日はもう解散! だからほら、家まで送ってもらいなよお」 「そうそう、それでまた今日のこと聞かせてね? ふふふふ」 「? なんのこと?」 「はいの鞄、じゃあね!」 押しつけられるようにして渡された鞄を渋々受け取ると、扉のところで待っている留三郎の許へと向かう。にやにやしながら言われる「じゃあね」がこれほどまでに不快だと感じたことはない。 でも教室を出てしまえば静かなもので、さっきまで話していた内容もどこかへ行ってしまい、なんてことないような会話が弾む。 「委員会だっていうのに、仙蔵が乗り込んできやがってよ……あんま進まなかった」 「また留三郎んとこの後輩二人がちょっかいかけたんじゃないの? 好意が空回りしてるっていうか」 「あいつらは別に悪くねえ。仙蔵が短気なだけだ」 「そんなこと本人に言ったら、次の生徒総会やばそ〜」 「……言うなよ?」 目つきの悪さを効かせて言ってきても、飽きる程に見てきたそれに今さら怖がる私ではない。本人も無駄だと知っているのに、それくらい告げ口するのはヤバい様子。 生徒会長の仙蔵にそんなこと知られてしまえば、生徒総会――つまり各委員会の活動報告や最終予算決定を行う場で、留三郎の所属する用具委員会は酷い扱いを受けること必至だ。以前、小平太が失言したことにより体育委員会が酷い扱いを受けたのを見たから、嫌でも分かる。 その必死さ故の頼みにもとから言うつもりはなかったけれど、ちょうどいい。私は留三郎の方を見てから、少し先にある自販機を指差す。言葉にせずとも、意思はしっかりと伝わったようだ。 「……分かったよ。どれが飲みたいんだ?」 「やった!」 財布を取り出すのを見て、いそいそと自販機の前までやってくる。色とりどりの飲み物を見て、それでも目に入るのは炭酸飲料だ。 それでも何種類かある炭酸をじっくりと見て「早くー」選んでいるというのにうるさい留三郎を足蹴りしといて、やっぱりいつも飲んでいるものに決めた。 「やっぱりそれか」 「は?」 「お前いつも悩むけど、結局それだろ」 ボタンを押せばガチャン、と音がして私が大好きな炭酸が出てきた。シリーズもののあれよりも、ずっと前から大好きなもの。 それは6年間の友人である彼にも、しっかりと記憶されていたようだ。趣向が見透かされているのはあまりいい気分はせず、気を取り直しを兼ねて缶のプルタブを勢いよく引いた。 シュワシュワと中からいい音が聞こえる缶を口につけ、そのまま一気に飲み込んで行く。炭酸の刺激の強さに耐えられず口を離せば、どこぞの誰かのように親父臭い息が漏れた。 「っはー! おいしい!」 「親父臭え」 「人のこと言えないでしょ。それに炭酸は一気に飲むのが一番おいしいだから」 一人ごくごくと炭酸で喉を潤しながら歩いていると、後ろから留三郎がついてくる気配がある。なんだ、てっきり一緒に買うものだと思っていたのに、彼はすでに財布をしまっている。 「留三郎は飲まないの?」 「ん。俺はいい」 これ、と缶を持つ手を見えるように掲げると、それに首を振って答えた。口止め料としていただいたジュースだけど、一人占めしているようでなんとなく居心地が悪い。 「……はい、これ」 「え、いいのか?」 「だってなんか私が一人占めしてるみたいだし。それに留三郎が飲みたそうにしてたし」 「はは、ばれたか」 差し出した缶を受け取りながら、留三郎は笑う。やっぱり飲みたかったんじゃん。 そこでふと、さっきまで忘れていた女ともだちとの会話を思い出す。これもやっぱり間接キスなんだろうか、と柄にもなく考えてしまった。 「……ねえ留三郎、」 「ん?」 彼が缶に口をつける前に、何を思ったか私はいつの間にか名前を呼んでいた。 「これって、間接キスってやつなんでしょ」 「……まあ、言われてみればそうだな」 「やっぱりこれって、男と女でするのはおかしいのかな?」 「恋人同士みたい」そう言った友だちの顔が浮かんだ。 間接キスは女同士でするのはよくても、男女でするのはおかしいって、誰が決めたんだろう。友だち同士でするのと恋人同士でするのとで、違うんじゃないの? 誰にも聞けなかった、まるで子どもみたいな問いかけは私の心の内で繰り返されていた。留三郎とも、伊作とも、他のみんなとも、当たり前のようにやっていることが、他から見たらおかしいと思われる。それがとても不思議で、嫌で、それでも気にしないようにしてきたつもりだった。 でも今日、再び友だちにその話題を突き付けられて思ったのだ。やっぱり変なのかもしれない、と。それを認めてしまえば、私と留三郎たちとの関係がぎこちなるような気がして、今までぶつけられなかった思い。それを今、私は留三郎本人にぶつけてしまっている。 なんとなく、彼には認めてほしくなかった。変じゃない、って。それが、私たちとの関係を崩さない保険みたいなものになると思ったから。 缶ジュースを手にしたまま立つ留三郎と、視線が交わる。そしてゆっくりと、口が開くのが見えた。 「……おかしい、のかもな。他から見れば」 期待していた答えとは、正反対のもの。そう、と力なく口から出た声は、普段の自分とは思えないくらい力のないものだった。 「――でも、」 上から差していたオレンジ色の光が遮られ、私は影に覆われる。鼻を掠めるほのかな木の匂いに気づいた時には、もう私と留三郎の唇は重なっていた。 ほんの数秒重なっただけで、それはすぐに離れていく。突然のことに多少は驚いたものの、なぜか私は酷く落ち着いていた。 「ん、甘いな。これ」 「……飲んでないくせに」 先に歩き出した留三郎の背中に向けて言えば、はは、と軽快な笑い声。これが彼なりのさっきの質問の答えなんだろう、そう思った。 「だからさあ、」 「んー?」 「これでもう、変じゃねえよ」 距離がひらいているにも関わらず見える留三郎の笑顔は、夕日のオレンジ色に染まっていた。 みんな、やっぱり男女間での友情は成立すると思うんだ。回し飲みだって、ゲームしたまま一緒に寝ることだって、よくあること。――でも、間接じゃないキスをする私たちは、多分もう友だちじゃなくて、 「なんか私たち、恋人同士みたいだね」 (「あいつら、チェリーボーイとかなんとか好き勝手言いやがって……」「なんか言った?」「いやなんでもねえ!」) (2010.3.26 留三郎の日) |