ぞろぞろと目の前を横切って行く人の群れを見ながら、昼飯のパンにかじりついた。
随分見ない顔が多くなったもんだと思ったがそれも仕方ない、新入生も本格的に授業が始まったのだから。だからなのか、俺たちがいるカフェテリアはいつも以上に賑わっている気がする。

「初々しくていいなー新入生。若さで輝いてるかんじ」
ばばくせえ」
「俺たちだって一応まだ十代だろ」

たった一つの差だろうにと思ったが、あながちの言っていることも間違ってはいない。新入生の初々しさには思わず羨望の苦笑が生まれる。
と三郎もやはり同じようなことを考えてるのか、じっと人の行き交う様を見ているようで――

「……真ん中」
「違うな。左だ」
「えー。ほんと三郎ってああいう派手な子好きだよね」

とか思ったら、全く違う意図で見ていたらしい。毎日毎日こいつらの頭は人の品定めしか考えてないのかと溜め息が出た。
カフェテリアの方に向かってくる三人の女子学生を見ながら、二人の会話は更に続く。

「そういうお前は顔より足見てんだろ」
「分かる? いやあ真ん中の子は中々いい脚してるよ! 細すぎず太すぎず、肉つきがいい感じ」
「まあ脚がいいのは認める。ただし顔は個人の趣味だろ」
「それもそうね」
「「で、ハチは?」」

そこで俺に振んのかよ。
話の流れから大体のことは想像ついたが、相変わらずこいつらの会話にはついていけねえ。いや、俺も興味はあるっちゃああるがこんな真昼間から、テラス席で堂々と喋る気にはならない。
ていうか三郎はまだしも、は同性なのになぜ女の好みを三郎と語れるんだ? 普通はこういうのは男同士がするもんだろうよ。

「あー……俺は右、かな」
「ほーハチ君はああいう子が好みですかー」
「ほうほう、綺麗系の胸が大きい子が好きと」
「い、いいだろ個人の趣味なんだからよ!」

なんだかんだ言いつつ、実は俺も案外乗り気だったんだと気付く。
でも俺が慌てる必要はないのに、こいつらが堂々としてるから逆に恥ずかしがっている俺の方が目立ってしまうような気がした。

「女の子ももちろんだけど、今年は男の子もレベル高いよね。ね、ハチ、男から見て良い感じの子ってどんなん?」
「はあー? お前ほんと飽きねえな」
「ねえねえどの子? 私はあの帽子の子とかが好みなんだけど」

俺に寄りかかりながら指をさす勢いで男子生徒らを品定めし始めるを抑え、そちらに視線を向ける。付き合ってやらねえといつまでもこのままだろうし。
確かにの言う帽子の男も中々にかっこいいが、それよりも俺は更に向こうに見える男に目がいった。

「俺は、あいつかな」
「どれどれ……んん、あれは」
「綺麗なもの好きな感じは否めないが、確かに顔はこれでもかってくらいに整ってんな」
「だろ。新入生の中でも一番じゃねえか?」

男はきょろきょろと辺りを見回しながら歩いているが、こちらに向かってくるようで顔はだんだんとはっきりと見えてくる。
近くで見れば見るほど、顔立ちは良く纏う雰囲気も他の奴とは違うように見えてきた。俺の好みを差し引いても、男から見たって評価は高いだろう。

はどうなんだよ、お前ああいうの好きだろ?」

聞いてきたっていうのに、からの反応が薄いことに違和感を抱いた。何せの面食いっぷりは筋金入りだ、だから俺から見てもイケメンと思う男を見れば間違いなくかなりの反応を示すと思っていたのに。
イケメンを見ても大人しいっていうのは珍しいどころか少し気味が悪い。

「大好きだよ、ド真ん中。だから昔からのお気に入りよ」
「なんだ、昔っての知りあいか?」
「まあね」
「いつの間に新入生に手出したんだ」
「ちがうっての! おーい、滝ー!」
「――先輩っ!」

どうも知り合いのようで、はよく通る声で男がいる方目がけてそう叫んだ。そうすればそれに気付いた男がこちら――正確にはの方を見て、男も同じように名前を叫んだあと駆け寄ってきた。

先輩、お久しぶりです!」
「うん、久しぶり。でもまさかほんとに大川来てくれるなんて思わなかったわー」
「大川大学はカリキュラムが豊富で興味深いものがあって……それに私は、先輩においでと言われたことが一番嬉しかったですし」
「もー! 可愛いなあ滝は!」

会話を聞く限りと男は知りあい、というか先輩後輩の関係だろうと見当がついた。
それにしても滝と呼ばれている後輩の男は、だいぶになついているようだ。も相当可愛がっているようで、それが少し珍しい光景だと思った。自分好みの男を見るのは好きだが、自ら話したりすることは滅多に見たことがなかったから。

「これ、高校の時の後輩。滝っていうの」
「初めまして、平滝夜叉丸といいます。先輩には金楽高校の時にお世話になりました」
「あ、ああはじめまして。俺は竹谷八左ヱ門」
「鉢屋三郎。よろしく滝夜叉丸」
「よろしくお願いします」

そう言い律儀に一礼する滝夜叉丸に、俺は一年にしては礼儀正しい奴だなという印象を受ける。
の後輩というものだから、それなりに破天荒な奴かと思っていたことはにも滝夜叉丸にも言えない。

「金楽高校ってことは、滝夜叉丸は優等生なんだな」
「あ、まあそうですけど……」
「ねえねえ私は? 私も金楽高校なんだけど?」
の場合はマークシート運と外面の良さで受かったんだろ」
「なによ、運も実力のうちっていうでしょ!」
「お前らちょっと黙れって……」

それに自分で運で高校通ったこと認めてるし。そういえばこいつ、こういう運とかだけは強かったな。

「とにかく滝は可愛くて優秀な私の自慢の後輩なの! 新入生代表の挨拶もしたんだよね?」
「はい」
「新入生代表って、入学式のか?」
「へえすごいな。あれって確か一般試験上位の奴がやるんじゃなかったっけ?」

そういえば俺もそれは聞いたことがあった。入学式での新入生代表を務めるのは、一般試験での成績上位かつ高校での生活態度や功績が認められた者、じゃなかっただろうか。同時に、俺たちの時も壇上に上がったのは眼鏡をした、いかにもガリ勉タイプな男だということも思い出した。

「そうなんだ。滝ってば相変わらず優秀ねえ」
「っ、と、当然です! なんたって私は金楽高校という名門校の名を背負って試験に挑んだのですから!」
「!?」

が感嘆の声をふと呟くと、滝夜叉丸は少しどもったあと堰を切ったようにべらべらと喋り始めた。それに俺と三郎は驚きを隠せない。

「何も一般試験でなくてはいけなかったわけではなかったのですが、入学式での代表者挨拶は試験結果によると聞いたものですからそれを受けたまでなんです。まあ私の手にかかれば日ごろの成果を十分に出すだけで特に試験勉強をせずとも入試は合格出来ましたけどね――」

それから延々と続く滝夜叉丸の演説、いや自慢話を聞かされておれたちは驚くのに疲れて飽き始めた。彼自身も少し顔を赤らめているのは、興奮からくるものだろうか。

「おい、なんなんだよこいつ」
「滝は綺麗で優秀だけど、ちょっと自分のことを話したがる癖があるの」
「……ちょっと、ねえ」
「いうなればナルシストか」
「まあでも言ってることは正しいのよ? 顔が綺麗なのもそうだし、新入生代表の挨拶したのも本当だしね」
「そりゃあそうだろうけどよ」
「それにこれって照れ隠しなのよ。私が少し褒めただけで照れちゃって、ほんと可愛い奴め」

顔がを赤らめていたのはそれが原因か。しかし照れ隠しだと言うも、徐々にいきいきとして話す彼はなんとなく輝きだしているように見え、実は本人もまんざらではないんだろうと予想がついた。 先輩馬鹿なの説明に納得できるようなできないような感想を持ったが、ナルシストを否定しなかったところを見るとそれは事実に違いないんだろう。
「さらにっ」と続きがあるらしい滝の演説は、まだ終わる様子を見せず俺と三郎はもうぐったりとしていた。 俺は椅子に身体を預け、三郎らと同じに思われるのは癪だが、遠くを歩く女子学生らを見ながら話が終わるのを待とうと視線を外に向けた。……あ、あの子可愛い。