「ふあーあ、眠かった」
「お前は思い切り寝てたじゃねえか」
「そういう三郎もにつられて寝てたよな」

寝てたのはお前らだ三馬鹿め。
こいつらとは違いずっと起きていた俺はまだ眠気がとれず、絶えずこぼれる欠伸を噛み殺しながら歩いていた。
今日の目的であった長いガイダンスも終わり、窮屈な椅子から解放された俺たちは大学にもう用はない。俺はこれからバイトだが、少し時間もあることだし図書館で時間を潰そうか。

「ねえ君、新入生?」

ぼんやりとこれからの予定を考えていると、そんな声が隣を歩いている雷蔵にかかった。思わず俺も、前を行く三人も声の主の方を振り向く。

「え、ええっ!? ち、ちがいます、僕は今年二年生で……」
「ああそうなの、ごめんねー。じゃあ他のサークルとか部活には入ってる?」
「い、いえ何も……」
「それならぜひ我が硬式テニス部へ!」
「あ……はあ、機会が、あれば……」
「よろしくねー!」

部の宣伝が済んだかと思えば、その先輩と思わしき人は雷蔵にチラシを無理矢理持たせるとすぐに立ち去り、また他の生徒に声をかけている。
よく見れば、正門に続く道にはサークルや部の宣伝板がずらりと並んでいる。そしてチラシを手にして、必死に勧誘をしている先輩や同級生らしき者が一気に視界に入ってきた。どうやら正門付近は勧誘地帯で、此処を通らないと外には出られないらしい。

「おーおーどのサークルも人員確保に必死だこと」
「見境なしに声かけてんな……あ、ども」
「そういうハチもちゃっかりチラシもらってんじゃん。どっか入るの?」
「まさか。バイトあるし、あんましこっちには時間割けねえよ」

歩くたびにチラシを押しつけてくるため、みんなが手に沢山のチラシの束を作っている。俺も不本意ながら、勧誘の勢いに押し負けて割と分厚い束が出来てしまっている。それでも先頭を行くハチやよりかはまだマシだ。

「そういえばこの前も勧誘に行ったんだよね。どうだった?」
「あー、あんましかな。とりあえず声はかけまくったけど」
「俺が一年だったらハチに勧誘されても入る気しねえもんな」
「んだと三郎コラ!」
「それなら今日ハチに召集がかかんなかったの納得かも」

の言うとおり、この前のように今日はハチは俺たちと一緒に帰れるらしい。助っ人に入っているというそのサークルからも勧誘の手伝いの連絡がなかったと言っていたが。

「……そうも言ってられないんじゃないか? 今日だってこれだけ勧誘に出てるんだ、そのうちどこかしらから」
「おう竹谷いいところに! 手伝え!!」

声がかかるんじゃないか、と続くはずだった言葉は看板を手にしてやってきた男のでかい声で遮られた。
ハチよりもガタイのいい男は首根っこを掴み、そのまま抗議の声にも聞く耳持たずでずるずると引きずって行ってしまった。遠くから聞こえた「たすけろ」は空耳だろう。

「あーあ、ハチ連れてかれちゃった」
「止める間もなかったね」
「あんなに必死になってまで新入部員が欲しいもんかね」

サークルに入っていない側からすれば、勧誘に熱心な側の気持ちは分かったもんじゃない。それでもこうして毎年のように繰り返すこの時期の勧誘風景は、最早大学の中での風物詩とでもなっているように思う。入ってまだ一年の俺が言うのもあれだけど。

「サークル入りたくても特にやりたいことが……あっ、ちょ三郎、あの人イケメンなんだが!」
「ほうどれ。あの黒いジャケットの? はん、68点てとこだな」
「お前の評価なんぞ聞いてないわ! ちょっとあのイケメン地帯行ってくる」

そう言ってすぐさまは走り去り、イケメン地帯とか言う男の群れに自ら飛び込んで行った。そうすればのいる辺りにはたちまち男の人だかりが出来、遠目から見てもあいつがちやほやされてる様が見てとれる。
面食いなだけあり、あいつの顔はそこそこ整ってるからそういう部類の男受けもいい。こうした行動には慣れているが、それに付き合おうという気は俺たちにはない。

「三年生でしたか? 俺、先輩がマネやってるならサークル入ってもいいけど」

こっちの馬鹿もあっちの阿呆と同じような部類で、付き合うどころか真似ていやがる。なんだかんだ言ってこいつらはこいつらなりに風物詩を楽しんでるから何も言う気にならない。

「兵助、ほっといて行こうか」
「そうだな」

俺と同じく呆れかえっている雷蔵の後に続き、早くこの場から立ち去ろうと足を進めた。

(時間があるなら一緒に図書館にでも行かないか。そう雷蔵に提案しようと口を開こうとして、馬鹿二人に「置いてくな」という我儘な怒声で遮られるまであと数秒。)





少し歩くと、看板を身体の前後にぶら下げたハチがチラシをまいていた。

「ぎゃはははは!! ハチうける傑作!!」
「うっせー見んな! 見せもんじゃねえぞ!」
「いや見せもんだろ」
「はいチーズ(カシャッ)」
「チーズ、じゃねえよ撮んな馬鹿!」
「ほら竹谷先輩、後輩たちにビラまかないと」
「誰が邪魔してんだと思って」
「受けた仕事は最後までちゃんとやれよハチ公」
「くっそー!! はい、野球部! こちら野球部! 野球部をよろしくおねがいしあーす!!」
「ヤケか」
「ヤケだな」
「頑張ってるけどヤケだね」

顔を赤らめながら必死になってチラシを配る看板ハチを見て、俺は頑張っている証拠を残してやろうと携帯のシャッターボタンを押した。