三月。俺だけ留年したらどうしたものか、まず間違いなく笑われるし次に馬鹿にされて晒しもんになるにちがいないという恐ろしい想像をしてたものの、大学から成績表が届き無事に二年生への進級できたことが分かり浮かれ上がった末日のこと。 そのことに安堵の一息をつき、仲間からの進級を心配するメールに返信しながら俺は春休みの緩やかな時間を睡眠に費やしていた。 しかし進級したということは、大学には新しく一年生――後輩が入ってくるということだ。大学のサークルでは早くもその新入生の獲得のため、入学式早々から激しい勧誘争いが始まる。懐かしな、去年は入学式から一週間は先輩たちに囲まれながら歩いたもんだ。 そんな中、いくつかのサークルや同好会に助っ人として参加したことのある俺は、それらのサークルに勧誘要員として引っ張りだこだった。それは他の二年生よりも早い段階で学校に通うことを指し、遊び三昧だった俺の春休みは新入生のために割かれることになる。ぶっちゃけ面倒だったけど「どうせ暇なんだろ手伝え」と言われてもっとな理由を叩きつけられず、そのままずるずると要員その一 として駆り出される果となった。せめてバイトが、とでも言っておけばよかった。そうだ、その手があったのに! 俺は馬鹿か! 「バイトがあるんですー、くらい言っておけばよかったのに。馬鹿だねーハチは!」 自分の失敗に激しく後悔している時、全く同じことを他人に言われるとこうも気分が悪くなるものなのか。目の前で音を立てながらジュースを飲んでいる無神経女に忌々しく目を向けた。 「人気者ってことだよ。ハチはスポーツ万能だから、どこ行っても試合で活躍しちゃうし」 「雷蔵……!」 「でも結局は自業自得だろ。俺だったら理由つけるまでもなく全部断るけど」 兵助の辛辣な正論にけらけらと笑う。 お前らの言葉はストレートすぎて痛えんだよ突き刺さるんだよ。少しでいいから雷蔵の優しさを見習え、と目の前に座る無神経コンビに無駄な期待を寄せた。 「まあこれでも食べて元気出しなって。兵助のだけど」 「はあ? お前何勝手に、」 のせいでもあるんだけどな、と思いつつ遠慮なく兵助のだというポテトを一気に5本ほどいただいた。少し冷めてるものの、味は相変わらず塩がきいてて美味い。 学校がある間は毎日と言っていいくらい通っているマックのポテトは、何度食べても飽きることはない。本当は今日もマックに寄らず真っ直ぐ学校に行ってよかったが、家を出た途端に捕まってしまい今に至る。 どうやらが当てたという映画の試写会がこれからあるらしく、俺はそれまでの時間つぶしの要員にされたらしい。まあ昼飯食わないとだったから丁度よかったけど。でもなあ、と向かいと隣に座る友人に目をやった。 兵助はと試写会に、そして雷蔵はバイトに行くところを俺と同じようにして捕まったという。雷蔵のバイト先はここから近いが、それにしても無理矢理感が否めない。 「雷蔵はよかったのか? バイトあんのによ」 「どうせ14時からだし、全然平気。それに春休みはみんな忙しくて、こうして中々会えなかったでしょ? たまにはいいじゃない」 嬉しそうに言う雷蔵に、俺は心から癒されていくようだった。 こいつらとの付き合いも長いもんだけど、そういえば大学生になってからというものの共通科目の授業以外で会う回数は少なくなった。会うといっても一人や二人で、こうして四人一緒に集まることなどほとんどなかった。だからなんだかんだ理由つけても、こうして集まれたことが素直に嬉しいとか思ってたりする。それを口にすれば「感謝しろよハチ」なんていう女がいるだろうから言わねえけど。 「……てかここまで集めたんなら三郎も呼べよ。アイツもどうせ暇してんだろ」 「あー三郎ね。しょうがないな、呼ぶ?」 「呼んであげようよ、きっと後でこのこと知ったら後で怒るって」 「三郎って結構寂しがり屋だよねー仲間はずれとかすっごい嫌がるし」 けらけらと笑いながら携帯を操作する。本人がいてもいなくても、は三郎に対して結構酷い。まあそれは三郎にも当てはまるが。 四人で集まったからには、もう一人のいつもの奴を呼ばないとしっくりこない気もするってもんだ。どうやらその三郎に電話をかけているは、少ししてから口を開いた。 「――あ、三郎? 私だけど……あれ、その声は寝起きか。お前まさか女といるんじゃ……うるさいなあ冗談じゃん。そんなに怒ることでもないでしょ」 三郎の声は聞こえないものの、の返答から会話は容易に想像出来た。ていうか今昼過ぎだってのに三郎起きたばっかなのかよ。 「ていうかこっからが本題だから! 聞け! 今マックにみんな集まってるのー兵助と雷蔵とハチで。だから三郎も来ない?」 「相変わらずこいつらの会話って荒っぽいよな」 「兵助聞こえちゃうよ」 「いや別にいいだろ本人ら気にしてねえし。そこが問題なんだがな」 「ちょっと外野うるさいよ! あ、ちょっと三郎ー!?」 そういうお前が一番うるさいんだよ頼む周りの客からの痛い視線に気づいてくれ。そのせいで同席している俺たちはなんとも肩身の狭い思いをしているというのに。 それもおかまいなしには会話と同じように荒々しく携帯を閉じ、三郎との通話を終了したことを告げた。 「で、三郎なんて?」 「面倒くさいって言って切られた。ほんと素直じゃないんだから」 「の言い方にも問題があったと思うけどな、俺は」 「女うんぬんは余計だったよなあ」 「だからうるさいよ外野! でも大丈夫でしょ。そのうち三郎から誰かの携帯にメールくるよ」 怒りながらが残りのジュースをズゴゴ、と飲み干したのと同時に、ジャケットのポケットに入れている携帯が震えた。ディスプレイを見れば、新着メール1件の文字と宛先人の名前がでかでかと表示されている。 「ほらね」 「……おーおーメールでも素直じゃないことで」 「早く来ないと出ちゃうよって書いといてね」 「おうよ」 おい三郎、お前の性格と行動はもう把握済みされてるらしいぞ。 「マックってどこのマック?」と三郎からきたメールへの返信を打ち、最後にから言われたことも付け加えておく。けど多分、三郎のことだから急いでくることはないだろう。俺たちがいてもいなくても、絶対に怒るに決まってるから。 それを分かりきってる今、俺はとりあえず三郎が来るまでの間に誰かに取られぬうちに兵助のポテトを食べきってしまおうと、それに手を伸ばした。 |