週番のやる気ない「さよーならー」の号令がかかれば、教室は放課による喧騒に包まれる。 部活も引退した俺たち三年生で学校に残るのは、受験に向けて勉強したり今を楽しまんとばかりにたむろする連中かの二極化にある。新学期早々ご苦労なこった。 だが俺はどちらにも当てはまらず、かつ学校にも残らずさっさと帰宅する組だ。 「三郎早く行くぞ、売り切れちまう!」 「んな急がなくたってハンバーガーは逃げねえよ」 「期間限定で数量限定なんだよ! あ、俺兵助のクラス見てくるわ」 ただし今日は例外。ハチの提案でマック行きが決定している。 期間限定ものはとことん制覇したがるアイツに俺たちは最後まで付き合わされっぱなしだ。まあでも、腹も減ってるからちょうどいい。 慌ただしく教室を出てったボサボサ頭を見て、仕方ないからすぐに帰れるように支度を済ませておくことにする。こういう時だけ口うるさいんだからなハチは。 「なあ、1組まだ終わってなかったから先に昇降口行ってようぜ」 「おー。兵助には言ったのか」 「メールしといた。雷蔵も行くぞ!」 まだ帰れるわけじゃねえのに、俺たちを置いてまたも先に出ていくハチに着いて行く気は起きない。どうせ兵助が終わるまで待たないとだっての。 「それほど楽しみなんだろうね、ハチは」 そんな俺の心の呟きが聞こえていたのかと思うほど、それに対する返答にしかとれない雷蔵の言葉に後押しされるように教室を出た。ゆっくりと階段を下り、クラスの靴箱へ行けばすでに運動靴を履いたハチがこちらに気付き「兵助おっせえな」なんて言う。お前が早いんだよ。 「今日はなんかクーポンないの? 僕もお腹空いちゃった」 「おう、あるある。今のうち見とけよ、注文ん時一緒に言うから」 ハチが携帯を操作して雷蔵に手渡したのを俺も覗き込んで見る。これから行く店で使えるクーポンは会員登録しているハチが携帯でいつも取得している。 画面のスクロールを一通り終え何を食べるか悩み始めた雷蔵を横に、俺はセットメニューでいいかと先に決めた。新商品じゃないとそう安くはならないのがセットメニューだが、それ以前に元の値段が安いんだから仕方ない。 「あ。なあ、あれどこの制服だ?」 「ああ?」 食べるものも決めとうとうハチと同じく手持無沙汰で待ち続ける状態になろうという時。そのハチの声につられて昇降口から見える正門の方へ目をやると、言った通りの見慣れない茶色のブレザーが見えた。うちの制服の色は黒だから、遠くから見てもその違いは明らか。しかもどうやら女子生徒だ。 「ここら辺の学校じゃないよな。駅でもあんま見たことねえし」 「あそこじゃない? ほら、あの長い坂上ったところにある学校」 「ほお、金楽高校か」 携帯から顔を上げた雷蔵の言葉にピンときた。そうだ、中々見ない制服だと思えばあの高校だったか。山の上に立っているだけありそれなりにでかく生徒の親に金持ちも多い、加えて偏差値も高い名門中の名門。 でもそんな超エリート高の生徒が、なんでわざわざ大川にまで来てんだ。ハチの呟きに俺は声に出さず答える。女子生徒ってだけで価値はあるぜ? 「ちょっと行ってくるわ」 「はあ? おまえ節操なさすぎだぞ!」 「ハチ公はそこで待ってろって」 雷蔵の心配そうな目やハチの小言を後目に、教室を出る時よりも遥かに軽い足取りで昇降口を出た。徐々に校門に近づくとともに、女子生徒の風貌もはっきりと見えてくる。今まで見てきた女の中でも、間違いなくトップクラスの顔立ちだ。それも俺好み。 俺の他にもそれに気付いた大川の生徒が、男女問わず女の方を見てはこそこそと話したり足を止めたりと反応は様々だ。そりゃそうだ、こんな平凡な高校に名門と呼ばれる高校の、しかも美人がいるんじゃあな。 女の持つ独特なオーラみたいなものもあるんだろう、誰かが話しかけた雰囲気はない。つまりは俺が先駆者、となる。 「こんにちは」 「……どうも」 それまでそっぽを向いていた女が、俺の声に反応してこちらを向き直る。大きな瞳と目がかち合い、思わず生唾を飲み込んだ。これはかなりの上玉。 でも目が合ったのは一瞬で、女はすぐに顔を逸らした。俺が初対面用の顔で接しているのに、こんなにあからさまにつれない態度を示した女は初めてだ。だが逆にそれがいい。ほいほいつられる女程つまらないものはないからな。 「金楽高校の人がわざわざこんな所に来て、誰かに会いに来た? もしかして彼氏とか?」 そう聞いても女は一向にこちらを見ようとしない。ますます興味がわき、続いて次の質問を投げかけようと口を開く。そうすればこちらを見ぬまま、女は形の良い口をゆっくりと動かした。 「私、レズなのよ」 まるで自己紹介をするように呟かれた言葉は、俺の意表を突くには十分なものだった。 「だからあんたみたいな男にはこれっぽっちも興味ないの。ナンパなら他を当たって」 「は、はあ?」 表情も変えずに淡々と言う女を見て、その言葉が嘘か真かすら分からなくなってくる。本来ならナンパを断る常套文句と思い気にせず話しかけるものの、こんなにも無表情で淡々と、しかも自らを「レズ」と言う変な女は今まで見たこともない。だから余計に次にどう声かけるか戸惑った。もしかしたら話しかけずに立ち去るのが一番いいのかもしれないが、それでは俺がそこらのナンパ野郎と一緒ということになるため断固拒否だ。 しかし次になんと言うべきか。それじゃあ女友だちでも待ってんの? よしこれでいい。 「それじゃあ」 「あっ、へーすけー! おっそーい!」 女は俺の言葉を遮り、後方に向かって叫びながら通り過ぎて行った。聞き覚えのありすぎる名前に俺も思わず後ろを振り向く。 「ゲッ。なんでここに」 「おい三郎、いい加減にしろよなー」 「ていうか兵助、その子誰?」 昇降口にいた二人に加え放課の済んだ兵助、そしてその兵助にまるで恋人のように媚びながら駆け寄る女。俺は声高くしてその場にいた奴が思ったであろうことを代弁する気で叫んだ。 「ちょっと待てそこのレズ女!!」 男に興味なかったんじゃないのか残念美人め。 |