お互い金欠だからレイトショーでね、と持ちかけたのがそもそもの間違いだったんだ。そして見る映画が、究極のラブロマンスと銘打たれたごってごての恋愛ものだったということも、大きな間違いだった。

『もう離さない……』
『私だって、離れたくないわ』

冒頭は良かった。幼馴染で恋人の二人がある事件をきっかけに離れ離れになってしまい、それぞれに言いよる女や男が出てきて様々な人間模様が描かれていた。テンポよく進んでいく物語、そして時にはらはらさせる展開に私は引きこまれていった。ただ隣にいる三郎は全く興味無しのようで、たまに視線をそちらにやると頬づえをつきながらあくびをしたり、眠そうにしてる姿が目に入った。こいつほんと何しに来たの。
色々な困難を超え、ようやく結ばれた二人の幼馴染――そうして物語が終盤へと向かっていき、本当の愛が描かれる、というところから雲行きは一気に怪しくなった。久しぶりの再会、そして今まで会えなかった分の時間を補うかのように恋人の二人は部屋に入り……

(……やばいな)

熱い抱擁から始まり、そして甘い雰囲気のまま恋人たちは自然な流れでキスの嵐を巻き起こす。
年齢制限がついてなかったから油断していたけど、やっぱり外国のラブロマンスは激しかった。さっきまで物語に引き込まれていたのはどこへやら、今では見ることすら躊躇われる。
そして何より、隣の反応が気になって仕方ないのだ。先程まで退屈そのものにしていた三郎は、なぜか足を組むのをやめ、逆に食い入るようにしてスクリーンを見ているのだ。かすかに照らされている彼の顔には怪しげな笑みが浮かんでおり、嫌な予感しかしない。

『ふっ、ん……』
『愛してる、愛してる……!』

いやらしい音を立てながらのキスシーンは、見ているこっちが恥ずかしくてたまらなくなる。いちゃつくのはいいからさっさと終わってしまえ、と願うも虚しく恋人たちの口付けはより深いものへとなる。


「!? っ、」

スクリーンで深いキスが始まった途端、いつの間にか目の間には三郎の顔があった。そのシーンになるのとほぼ同じくして肩に手が回され、そのまま引き寄せられると至近距離のまま名前を呟かれた。
反応する間もなく、私と三郎の唇は、スクリーンの恋人たちと同じようにして深く深く交わった。

「ふっ、んう……! ちょ、さぶ」
「あいつらだけずりーだろ」
「んんっ!」

侵入してくる舌を塞き止めようとするも、それが返ってより深いものへとなってしまった。お互いの舌が絡み合い、突然のことで余裕の無い私は息が上手く出来ない。
三郎の言葉に耳を傾ける余裕もある訳がなく、私はとにかく早く終われと願うばかりだ。

『これからも、ずっと一緒だ』

穏やかな音楽と共に響いた男の声。スクリーンのキスシーンは終わったのに、三郎はまだ解放してくれない。
音楽はそのまま某有名歌手の歌へと変わり、恐らくスクリーンにはエンドロールが流れているに違いないとぼんやりとだけ思った。
彼もそれに気付いたのかどうかは分からないけれど、最後にリップ音を立てて唇に触れるとようやく顔を離してくれた。さっきよりも明るく照らされた彼の顔には、やっぱり嫌な笑みが浮かんでいた。

「ほんと、なんなのあんた……!」
「誘ってきたのはそっちだろ? わざわざレイトショーの、しかも恋愛映画なんて」

恋愛映画を見よう、という誘いに乗ってきた時点でもっと怪しむべきだったのだ。三郎はいつも恋愛映画にケチをつけているしそもそも映画に興味を持たない奴だと、知っていたはずなのに。
こいつもしかして最初からそれだけのために見に来たんじゃないの、と思わざるをえなかった。

「あんなとこ見せつけられたら、俺らもやるしかないだろ?」
「…………こんの万年発情期め!!!」

人のひらけた劇場内で、恋愛映画のエンドロールにはふさわしくない乾いた音が響いたことは、言うまでもない。


(20090918)