日本で有名な話がハリウッド版で制作された、それだけでも十分に話題性を持っている映画だったけれど私はその内容よりもタイトルに惹かれてしまった。 きっかけは三郎が持ってきたチラシ。笑いをこらえながらも見せてきたそれには、私たちのよく知る人物の愛称がローマ字ででかでかと書かれていた。その映画は主人の帰りを待ち続ける、感動的な犬の物語。 「ハチ……っ!」 「…………」 「ひっ、ううっ、」 「……なあ、」 「ううううう〜っ!」 人のすっかりいなくなった劇場内で、私は溢れ出て来る涙を拭うのに必死だった。 からかい半分、興味半分でハチと見に来た忠犬ハチ公の映画は、予想を超える感動をもたらした。話の概要や結末は分かっていたものの、まさかアメリカが舞台でハリウッド俳優が演じたそれに、こんなにも感動の涙を誘われるなんて思いもしなかった。 隣にハチ――もちろん犬ではない、れっきとした人で彼氏である竹谷八左ヱ門――がいるにも関わらず、私はハンカチを裏にして折り畳むとまた目元に当てた。 「……そろそろだな、ここ出ないと」 「今もハチはあの駅で、ウィルソン教授のことを待ってるんだよ……ううっ、」 映画の中のワンシーンが一つ頭の中に思い浮かぶ度、それが連鎖して一気に物語の佳境のシーンへと向かい最後が訪れる。主人を待ち続けるあのハチ公の姿に、再び涙腺は緩んだ。 「私っ、もう渋谷駅に行けない……っ!」 「……あのなあ、」 いつまでも泣きやむ気配のない私を、ハチは呆れながらもあやすようにと頭を撫でてくれている。 ぽんぽん、と一定のリズムを刻みながら彼の温かく大きな手が降ってきて、その優しさに甘えながら私はまた思い切り涙を零した。 「あー……その、ハチ公は幸せ者だな」 撫でる手はそのままに、ふと彼が呟いた。癖がついてしまいまともに話せなくなってしまい、私は視線のみで疑問符を向けた。 「にこんなに泣いてもらえるなんて、幸せそのものだろ」 「……っ、ハチ、」 「ちょっと妬けるけどな。はは、犬に嫉妬も何もねーか」 思わぬ言葉に一瞬泣くのも忘れハチを見れば、彼のはにかんだ笑顔に心が安堵し感動とはまた違う涙 が溢れてきた。 「う、うううう〜!!」 「なっ、まだ泣くか。……よしよし」 自分のハンカチで涙を抑えようとするも、抑えきれずに目尻に溜まった涙を今度はハチが指で拭ってくれる。これでは彼の好きな動物よりも、私の方がよっぽど手のかかっているではないか。 いつもはその動物にハチを取られている分、今だけは思い切り彼を一人占めにしてもいいよね。なんて私も彼に負けず以前から抱いていた動物への嫉妬とそして優越感を得ながら、ハチの優しさに触れるのだった。 (20090918) |