「あっ、来た!!」

それを聞き、私も彼女と同じく廊下の方へと目をやる。すると、私達が数十分前から待っていた人物――綾部が、鞄を抱えてこちらへと歩いてくるのが見えた。待ち望んだ瞬間がやってくる。

「緊張してきた……大丈夫かな? 上手く撮れるかな?」
「何回か違う人で練習したけど、結構撮れてたでしょ。ほら、早くしないとチャンス逃すよ」
「そう、だよね! じゃあよろしく!!」

意を決して、彼女は身体を翻して廊下へと出て行った。私は手にしているデジカメを構えて、あの子と綾部がすれ違う瞬間を待つ。
テレビで見たCMをわざわざ携帯でムービー録画してまで私に見せてきて、彼女が実行しようと言い出したのが先週のこと。彼女が想いを寄せる綾部とのツーショット写真がどうしても欲しいと願うものだから、私は写真撮影に協力することになったのだった。それ以前からも、私は彼女のために色々と協力してきたように思う。バレンタインデーの時に綾部の机の中にチョコ(しかも私が代わりに作ったもの)を入れたのは私だし、メアドを聞いたのも私、男女4人で遊びに行くと言う名目のダブルデートをセッティングしたのも私だ。そして今日、ツーショット写真を撮るために何度も違う人で練習をしたのも、私。
いつからか、私は諦めていた。友だちの恋の応援をすることで――私が抱く、綾部への想いなど。
だから早く、二人がくっついてしまえばいいと願っている。そうすればもう、こんな辛い思いなんてしなくて済むんだから。
デジカメを構えてから数十秒、あっという間に彼女と綾部はすれ違うところだった。
すれ違い、すぐに彼女が振り返った瞬間、ボタンを押す。ピースした彼女と綾部とのツーショット写真の出来上がり――と、なるはずだった。
写真は見事に撮れている、まさに練習の賜物といえよう。けれど、問題は――

「何してるの?」
「……あや、べ」

写真に写った綾部の視線は、完璧にこちらを向いていたのだ。気づかれて、しまった。
今まで練習ではなんとか気づかれずにいたというのに、どうして今日に限って、綾部に気づかれてしまうの。

「さっきから此処に隠れてたでしょ? 誰か待ってたの?」
「それは……」

気づかれてしまったのなら仕方ない。もういっそのことこの写真を見せて彼女を呼び戻し、いい雰囲気でも作ってしまおうか。私は握り締めていたデジカメを操作して、先ほどの写真を表示し綾部の方へと差し出した。

「これ、見て」
「…………」
「あの子、ね。綾部のこと好きなんだって。綾部ってさ、今彼女いないんでしょ? 付き合っちゃいなよ」

今の私には、こう言うのが精一杯だった。泣きそうになるのを我慢しながら、もう一人の主役である彼女を呼ぼうと歩いて行った方へと目を向けた時。

「綾部くん! じゃ、あとは頑張ってね!」
「!?」
笑顔でそう言い残して、彼女は走って行ってしまった。え、ちょっと、なに?
事態が飲み込めず、私はただ目の前にいる綾部の顔を凝視していた。

「僕たちがあまりにもどかしいからって、あの子が前から色々やってたみたいなんだよね」
「……は?」
「『あの子って自分のことは後回しにしちゃうから、だったらそれを利用してくっつけてあげる!!』って、昨日メールくれたんだけど……こういうこと」

綾部の言っていることが、うまく理解できず信じられなかった。

「あの子、タカ丸さんと付き合ってるんだよ。知らなかった?」
「はああああっ!?」

彼女の発言に次いで綾部の言ったことにも更に驚きを隠せない。まさか今までのことが全てあの子の計画でありつまりは手の上で踊らされていたなんてこと、思ってもなかった。

「なんなのよ、もう……」
「僕は僕のやり方でやろうって思ってたんだけど」

混乱している私を横目に、綾部はいつものように落ち着いた様子で喋り始めた。

「僕が好きなのは、チョコをくれたりメアドを聞いてきたり遊ぶ機会を作ってくれた、そんな子なんだけど」

それを聞いてから内容を理解するまで数秒後、途端に私の顔は茹蛸かというくらい真っ赤に染め上がった。「どうしたの?」と下から覗き込んでくるようにして窺ってくる綾部に、更に顔に熱が集まったとは彼が知ることなんて絶対にないだろう。


(20090728)